BLUE

花るんるん

第1話

 2017年10月16日、ヒラリー・クリントンが、ジュリアン・アサンジを創設者とするウィキリークスとロシアとの癒着を指摘すると、情報のフラット化を望む世界中から落胆の声が上がった。国家機密を含めたあらゆる情報が共有化されることによって、平和がもたらされると信じてやまない人達の失望は舌に尽くし難いものがあった。

 でも、僕は落胆しない。「そんなものだろうな」と思うだけだ。

 僕はぼんやりと、車窓を眺める。いつものバス、いつものつり革、いつもの座席……。あまりの慎まやかさに僕は自分自身を笑う。

 ぼーっと外を眺めていると、僕は青いポストを見た。初めて、見た。

 正確に言うと、ポスト自体はいつも、そこにあった。今朝は、赤いポストだった。


 ――真に叶えたい願いを持つ者の前に、青いポストは現れる。しかし、それはほんの一瞬だ。運良く、願いを書いた手紙を投函できた者は、願いが叶えられる。


 クラスの誰かが言っていた(気がする)。

 そんな情報、僕は信じない。

 信じない。

 信じない。

 僕は、青は幸福の象徴ということを信じない。そういう象徴学的な議論はナンセンスだ。例えば、鯛は、日本では慶事の象徴だが、アメリカではDEVIL FISHと言われている。

 一方で、大人気なく、そんなに目くじらを立てるほどのことでもないと思う。僕達が青を幸福の象徴と見做すのは、「幸せの青い小鳥」の童話を知ってしまったからだ。そういう文化的バイアスがある前提での象徴の解読なら、たいした問題もないだろう。

 気がつくと僕はバスを降り、ポストへ向かって全力で走っていた。

 しかしもう、青いポストはなかった。平凡な日常を温かく照らす、赤いポストのみがあった。

 「そんなものだろうな」と僕は思う。

 にもかかわらず、僕は彼女と文化祭の実行委員になれた。お近づきになれた訳だ。青いポストの伝説なんか、うそっぱちだと改めて思った。最初から信じていなかったけど。

 でも、まあ、云ひやうのない疲労と倦怠とを、さうして又不可解な、下等な、退屈な日常を忘れさせてくれる彼女自身が、青いポストだと言えなくもない。

 僕と彼女は、同じ大学に進み、社会人になってからも交際を続け、終には結婚した。


 そして、十年の月日が流れた――。


 僕は、穏やかで温かい、起伏のない、家庭生活を楽しんでいた。君がいて、娘がいる。ああ、このまま、平凡という名の日々が永遠に続けば良いなあと心の底から思う。

 週末は、家族三人で、近所の大きめの公園で犬の散歩をするのがお決まりのコースだ。

 僕が犬とのボール投げに興じていると、君が娘にささやく声が聞こえてしまった。

 「ねぇ、青いポストって、知ってる?」

 君は、イタズラっ子のように、笑ってる。

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BLUE 花るんるん @hiroP

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