第20話 この台詞20回目

◆◆◆◆


「時枝さん、すみません。あの…鈴木様という方からお電話です」


タイムリープ問題から開放された巡は、月曜にもかかわらずすがすがしい気持ちで机に向かっていた。

しかし束の間の平穏は隣の席の新田からの呼びかけによって破られた。

いつもへらへら笑っている新田が気まずそうに眉を下げていることから、嫌な予感を感じ取った巡は問う。


「鈴木様って…あの?」

「はい、あの…。声が同じ方でした」


事の発端は、巡が教育担当となった新人、新田の些細なミスだった。


彼女の勤めている会社は対企業用の商品販売を行っている。

しかし稀に個人顧客から電話やホームページを通じて注文をもらうことがある。

新人の彼が電話対応した先がその稀な個人顧客だったのだが、彼の対応不備がもとでクレームに発展した、というのが2週間前の月曜日の話。

その時のクレーム相手である鈴木様から電話が入っているという。


どう考えてもいい雰囲気ではない。


社会に出て働く以上、クレームは避けられないものだ。


余程理不尽なクレームでない限り、大体は謝罪と解決策を提案すればまともな相手は納得する。話しているうちに激昂が鎮まり、冷静になった相手がすんなり許してくれることもままある。


鈴木様も、理不尽な要求をしてくる相手ではない。

まずは話をしっかり聞こう。


「…お電話かわりました。時枝でございます。鈴木様、お待たせいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」


以前19回はいた台詞だ。

そして巡は懐かしの20回目の謝罪を、うんざりと口にする。


「あぁ、忙しいところ悪いね。どうしても伝えたいことがあってね」


予想と反して明るいトーンの鈴木様に、おやと巡は首を傾げた。


「2週間前に代わりの商品送ってもらったでしょ。実はね、それがすごく使いやすいし周囲からも評判よくてさぁ」


ありがとうね、という言葉に巡はパチパチと目を瞬かせた。


「あの電話の後もすぐ対応してくれたでしょ?ああいう誠意ある行動って大切だよね。ほら、うちは個人事業だからそんなにおたくに貢献できないけど、これからも贔屓にさせてもらいたいなって思ったよ。そのお礼を伝えたくて電話した次第ってわけ」

「まぁ、ありがとうございます。そう言っていただけると大変嬉しい限りです。これからも一層精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


うんうんそちらも大変だろうけど頑張ってね、という言葉を締めくくりとして、電話先の鈴木はプツリと電話を切った。


受話器を手放して、ギシッと椅子の背もたれに体重をかけふ、と笑みをこぼした。


「あのぉ、時枝さん、すみませんでした。あの人、おさまりました?」

「おさまったも何も、今日はお礼の電話だったよ」

「え!?お礼ですか?」

「そう。すぐに対応したのと、商品自体に満足してもらえたみたい。ま、始まりがクレームでもその後の対応によってはいいお客様になるって勉強できてよかったじゃない」

「は~、そういうパターンもあるんですね」


新田が呆けたような顔で相槌を打つ。

その顔が子犬が散歩中に思いがけないものに出会って呆気にとられたような表情に見えて、巡はくすりと笑った。

自分が笑われたのだと気付いた新田は、むぅっとむくれてみせる。


「何なんですか、もう。俺の顔おかしかったんです?」

「ごめんごめん」


これあげるから元気だして、と巡は隣の机に小さなチョコレートの包みをころんと4つ転がした。そしてペタリと一言付箋を貼りつける。

それらを見て新田はパッと顔を明るくした。


「へへ、応援されたからには頑張らなきゃですね。チョコありがとうございまーす」

「はいはい」


今ないたカラスがなんとやら、と諺を思い出しながら、巡自身もチョコレートを口に入れた。


チョコレートは舌の上でじわりと溶け、すぐに消えていった。


視界は良好。

ノイズひとつないクリアなパソコンに向き合い、デスクで鳴り響く電話をとった。


「お電話ありがとうございます」

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