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「知らないって言っているだろう! ヤフジ? ヤトウ? トシエ? フジエ? 差出人の名前を何て読むのかすら分からないよ!」

 疲れた顔でそう言う幸一に、香美代は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「そんな事言ったって、受取人の名前はアナタになっているじゃあないの! クリスマスイヴに髪の毛を送り付けて来るなんて! 浮気相手か何かなんじゃないの? その……トシエ? って女がっ!」

 香美代の剣幕に萌子が泣き出す。

「だから知らないんだよ! 同じ事を何度も言わせるなよ! それに、伝票に書いてある名前だけじゃあ、差出人が男か女かも分からないだろ!」

 幸一はそう言うが、送られて来た物は女の髪の毛だ。

 黒く艶やかな長い髪。

 髪から微かに薔薇の香りのシャンプーの匂いまでしている。

 手入れの行き届いた美しい髪。

 もし差出人の名前が田中新太郎だったとしても、この髪の主が女だという事が解るだろう。

 香美代はわざとらしく大きなため息をつき、視線を髪に向ける。

「女の髪よね?」

 視線を髪に向けたまま香美代は言う。

「女の髪だな……」

 幸一も髪を見て言う。

「アナタ、浮気してるわよね」

「…………」

「ちょっと! 何でそこで黙るのよ!」

「うえぇぇぇぇぇん!」

 香美代の怒鳴り声と萌子の鳴き声が部屋に響く。

 修羅場だ。

 絵に描いたような修羅場だ。

 幸一は、顔を曇らせて、片手で頭を掻いた。

「浮気なんてしてないよ! ほら! 萌子が泣いてるだろ! いい加減にしろよ! 今日はクリスマスイヴだぞ!」

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