年俸100億円の男
龍撃槍
彼の起源
有名なサッカー選手というのは数多存在する。
しかし、サッカーにおいて点を決めるというのは想像以上に難しいことだと彼らのデータは言っている。
サッカー選手史上で得点÷試合数が1を超える、つまり1試合あたり1得点以上する選手というのは極極稀なのである。
もっともそのデータ上で高い選手ですらそれは1.05という数値にとどまっている。
この点から、とくに欧州の1流リーグで得点を決めるというのは難しいのであることがわかる。
では、日本のサッカー選手において活躍できた選手はどれだけいただろうか?
数人、海外で活躍した選手はいたのだが、その最も得点した選手ですら数値は0.3だった。
この先はそんな「日本人では不可能」とまで言われた、欧州リーグでトップに立つ男の話。
彼の父は少々変わっていた。
彼の父はサッカーがとても好きだった。
彼が生まれた時からサッカーボールを新しく買い与え、彼は誰よりもサッカーボールと向き合った。
彼は次第に父とサッカーをするようになった。
彼には天賦の才能があり、また彼の父にはその才能を伸ばす力があった。
小学校に入る頃には彼はドリブルを巧みに使いこなし、彼の父はそこに最高のドリブル選手への片鱗を見た。だからこそ、その才能をどうにか活かしてやりたかった。
彼が小学4年生のとき、その小学校のサッカー部に誘われた。彼は当然、入りたがった。すでに彼のサッカーの腕前ならその小学校、いや全国の小学校を回ってもダントツで1位をもぎ取れた。しかし、彼の父はそれを良しとしなかった。
「彼にはサッカーという生き方もありますよお父さん、どうか、サッカー部に入れてあげて下さい。」
担任の先生にもそう言われた。しかし、彼の父はそれを頑なに認めなかった。
彼が中学生になると、彼はクラブチームに入りたがった。仕方なく彼の父はクラブチームに入団させた。
彼の才能はクラブチームでもピカイチで、1ヶ月でそのクラブチームのトップチームへの内定を貰えるような勢いであった。彼の父も誇らしかった。
しかし、ある時に彼の父が彼の練習試合を見ていると、彼がドリブルでミスをしてボールを取られたシーンがあった。ずっと父親とサッカーをしていた彼はまだパスをする感覚が染み渡っていなかったのだ。なので彼の父が教えてくれた汎ゆるシチュエーションの攻め方中から良いものを選択して、ドリブルした結果であった。
その一度のミスではあった。が、それを彼の監督は指摘した上で、“チームへ貢献するサッカー”をすべきだと言った。
その時点で彼の父はそのチームから彼を退団させることを決意した。
高校生になった彼は相変わらずサッカーを続けている。彼の父とだ。
彼の父はやはりその後も変わっており、自分の家の広い庭か近くの公園で週五回は練習をさせていた。
彼の父もとてもサッカーが上手かったので、毎日毎日が激しい練習となり、ドリブルやシュート、守備にクリアリングととにかく走り、とにかくテクニックを磨いた。そのおかげで彼は目を閉じていてもリフティングをこなし、人を抜き、シュートを枠内に納めることまで出来ていた。
彼はとにかくサッカーに毎日夢中であった。
しかし、高校2年生になった頃に急に彼の父の体調が悪化してしまい、一緒にサッカーをする機会が少なくなってしまった。
その傷を埋めるかのように、彼は友達とサッカーをするようになった。
しかし、そのサッカーは想像以上に楽しくはあったものの、違和感を覚えるようなものだった。
パスをちまちまと回し、チャンスをバックパスでつぶし、中々シュートを打たず、打つ前にパス回しで取られる。
「これが本当のサッカーなのか?」
彼は疑問に思わざるを得なかった。
久しぶりの練習中、彼はその疑問を彼の父にぶつけてみた。
「お父さん、この前、友達とサッカーをしたんだ。みんな部活に入っている子なんだけど、パス回しばかりして攻めれるチャンスなのにパスしてそれを潰したり、ゴール前ですらパスばかりして取られてたんだ。ねぇ、それが本当のサッカーのやり方なの?」
その質問に彼の父は嬉しそうに答えた。
「そこに違和感を覚えれる奴は少ない。よくぞ言ったな。今のサッカー選手たちはパス回しばかりで、チャンスをピンチに変えるのがお得意らしい。だからこそお前はそのテクニックでそれを掻き乱してみろ。」
その年明けの頃、彼の父は他界した。薬で体を騙していたが、その体はボロボロであったらしい。
「なんで、そこまでして僕にサッカーを?」
きっとその答えは1つだった。
彼を世界一のサッカー選手にさせるためだ。
少なからず、彼の腕前は高いことを彼自身が知っていたので、彼は近くのクラブチーム、FC名古屋の下部組織に応募した。決して16歳という彼の年齢は若くないが、彼のすべてのサッカーの動きはトップクラスであると判断され、見事入団が決定した。
初めての練習試合、相手は5年以上在籍している選手ばかりであり、
「なんだ?アイツ?」
「素人は帰れ」
などのヤジが飛んだ。
しかし、彼は気にすること無く、ピッチに立った。
こういったしっかりとした形式の試合はなんせ、中1以来の経験である。多少の緊張はあった。
最初は彼をチームメートは信用せず、彼をまるで無視するかのようにボールを回した。
だが彼の立ち位置の良さからか、遂に彼の元へとボールが渡った。
すると、ピッチ内外の選手、コーチ、監督はその目を見開いた。
「なんというドリブルだ!」
と。
スタートしたドリブルは勢いを増し、陸上の選手にも勝るスピードに達した。しかし、そのスピードにもかかわらず、ボールは彼から離れず、ほぼ同じ距離を保ったまま、ディフェンダーに近づいた。そしてそのドリブルの精度は変わらないまま、フェイントをかけ、相手を1人抜き去った。
そして、そのままの勢いでゴリ押しでシュートまで持ち込むかと思われたが一度止め、右サイドから進行方向のディフェンダーを2人抜き去り、シュートをする戦術に変更した。
1人はまたいだフェイントから、重心を倒れたかのように見せかけて逆方向へのスピードのあるドリブルで。2人目は未だかつて見たことのないほどの高速シザースからの右足アウトサイドからインサイドへ返してのダブルタッチで抜き去った。そのピンと背筋を伸ばしたドリブルは170cmという比較的小柄ながらも、現代の偉大なる選手、クリストファー・ローガンを連想させた。
これでめでたくカットインも成功し、ペナルティエリアギリギリ外のところから右利きにも関わらず、左足での豪快なシュートを放ち、ゴールに刺さった。
練習試合であったので20分ハーフで行われたこの試合で、彼は6点をほぼ自力で取り、勝利に導いた。
途中からマークが2人も付いていたにも関わらずであった。
「これは凄い…。」
凄いやつがいる、と呼ばれて見に来た視察に来ていたFCマージーサイドレッドスカウトマンのクリフ・スケルディングは思わず漏らした。
マージーサイドレッドと言えば現在モハメド・サリーやサリオ・マテが所属しているイングランドのビッグクラブの1つだ。
そんな選手を日常的に見ているスカウトマンの彼でも、今見た個人技は刮目すべきものであった。はっきり言って、その腕前は素晴らしいの1言に尽きるのであった。
そしてもう1つ、「この選手を絶対にマージーサイドレッドに連れて行く」と心に決めた。
練習後。
シャワー設備が整備されていて、ここはサッカーをするには最高の環境だなぁ…などと思っていると、彼はコーチに呼び出しをされた。
呼び出された彼は下部組織の施設から廊下を通り、面談室と書かれた部屋に通された。
「こちらは、マージーサイドレッドのスカウトマンのクリフ・スケルディングさんだ。」
そうして紹介された男に、彼は目をやった。
スキンヘッドの優しそうな男性であった。
「いずれ必ず必要になる。」
そう言われて英語は相当厳しく教えられていたため、彼は英語は得意だった。
英語を話せることを確認すると、スケルディングが口にしたのは単刀直入な言葉であった。
「ズバリだが、ウチのクラブチームに入らないかい?」
当然答えに戸惑った。海外のチームのサッカーはたまに見ていたし、マージーサイドレッドはもちろん知っているチームの1つであった。
だからこそ、「はい、お願いします。」とはならないのだ。
そんなことを知ってか、スケルディングは彼にこう言った。
「私はたまたま、日本のクラブチームの練習を視察しに来てね…。そしたら凄い選手がいると言われてね。そしてらまあ見事なドリブルにシュートを放つ、君がいたんだよ。あの試合だけで僕はもう、君を獲得することを決めたんだ。どうだ?最初はユースチームからだろうけど、あっちでの生活は保証するし、もしトップチーム入りしたら、50万€(約6500万円)の年俸は保証出来る。どうだい?」
彼にはもう父はいない。だから日本にはもう用はない。
ならば、より良いサッカーが出来るところへ行くしかない。そう心に決めた。
「僕の年齢でも良いんですか?」
「君は良い時に僕の目に止まった。というのも賛否両論あった規約が変わることになってね。18歳未満はダメだったんだが、今年からその禁止項が16歳にまで引き下げられたんだ。」
そして、
「…、イングランドに行けば、より良いサッカーが出来ますか?より良い選手になれますか?」
最後に彼はこう訊いた。
スケルディングは答えた。
「もちろん。君を世界最高の選手にする自信がある。」
10分後、彼はスケルディングと契約は明日することにして、解散することにした。
スケルディングは帰り際に尋ねた。
「君、名前を教えてくれ。」
彼は答えた。
「僕の名前は立花 将翔(まさと)と言います。」
のちに彼の名は全世界へと轟くことになる。
とあるサッカー選手の名前がコーラの次に有名なブランドであったように。
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