マイクロフトの嫁とり

kattern

第1話 真面目な自由騎士マイクロフト

 マイクロフトは先の大戦で大公さまの命を救った一兵士でした。

 不運にも流れ矢が馬の背に当たり、驚いて前足を上げた馬から落ちた大公さま。馬は逃げ去り、大公さまは多くの傭兵に囲まれて、すわ命はないだろうと青い顔をして丘の上を逃げまどっていたのです。


 そうしたところ勇敢にもマイクロフトが単身駆け付けて、何の変哲もない白樺の木を削って作った短槍で、えいやえいやと傭兵たちをめっためったに打ち払って、大公さまのお命をお救いしたのです。


 大公さまはその時のことを深く感謝しておりました。

 ですから、ただの農民上がりの一兵卒、真面目だけが取り柄だったマイクロフトを取り立てて、騎士の位を与えて自分の城に住まわせたのです。


 これがマイクロフト根っからの悪人あるいはお調子者だったなら、しめしめ上手く大公に恩を売ったものだとほくそ笑むところです。

 しかしマイクロフトは真面目でしたから、騎士などに取り立ててもらっても、はてさてどうしたものかと思案に暮れてしまいました。

 ほとほと困って夜も寝れないほどで、朝などもつい一番鶏が鳴くより早く目が覚めてしまうような、たいそうな困りごとでありました。


 しかしながら騎士になってしまったからには仕方ないものです。

 加えて大公さまもお妃さまも、とてもお優しくて、とても慈悲深くて、そしてなによりマイクロフトを頼りにしておりましたから、騎士などなりたくありませんとは、とてもとても言い出せないのでありました。


 マイクロフトはやはり真面目な男でした。

 もうどうしようもないと悟ると気持ちを切り替えるのが早い。

 そういう男でありました。


 せめて騎士らしくしようと決意した元農民のマイクロフトは、朝は誰よりも一番に早く起きて、夜は誰よりも遅くまで仕事をするようになりました。

 頼まれもしないのに村を周っては困りごとはないかと尋ね。

 頼まれもしないのに砦の燭台の蝋を取り換えて周ったのです。


 ここに真面目な騎士マイクロフトが産まれました。


 さて、大公さまはたいそう広大な領土をお持ちになっておられました。ですので、すわ戦となれば騎士を率いて王の御前にはせ参じる役目を負っておりました。

 騎士の類はマイクロフトだけではなく、多く多く雇っておられまして、騎士団なるものが領内には存在していたのです。

 彼らは城から少し離れた所に、筵を曳いて茅葺の屋根を編んで家を立て、柵と堀をめぐらしてねぐらをつくりました。そして、そこで毎日、えいやおうやと声をあげては槍を合わせて鍛錬し、いざ出兵という日を待っていたのです。


 しかし、マイクロフトについては特別で、騎士団には入らなくてもよいと、大公さまから直々に許されておりました。


 マイクロフトは真面目な騎士になると決めたものでしたから、騎士の役目に忠実に、できれば騎士団で暮らしたいと思っておりました。

 ですので、大公さまに、私も騎士ですので騎士団で暮らすべきでしょうと、それとなく聞いてみたのです。

 すると大公さまは、マイクロフトや、お前は自由な騎士なので、そんなことをしなくていいのだよと、優しい笑顔でお答えになられました。


 こう答えられてしまうと、真面目な騎士のマイクロフトは困ってしまいます。


 ここに真面目な自由騎士マイクロフトが誕生しました。


 マイクロフトはですので、真面目な自由騎士という、なんともいえないふわふわとした肩書にそれから悶々と大公さまのお城で過ごしていたのです。


 そんなマイクロフトには唯一無二の親友がおりました。

 彼の名はオリヴァーといい、代々大公さまのお抱え騎士団の団長を拝命する、騎士の家に生まれた男でした。

 彼は先の大戦にて、父と一緒に出陣し、大公さまの傍仕えとして旗を持ち、腰に剣を佩いて戦中にありました。


 しかしながら、先に言いましたように、大公さまは流れ矢を受けてあわや落馬。すわ命もないという事態に陥りました。これに狼狽えたのは傍仕えの騎士たち。彼らは逃げ惑うを大公さまをなんとか落ち着かせ、お守りしようとするのですが多勢に無勢です。

 さらに傭兵、弱った敵には容赦がない。

 混乱したのをこれ幸いと、大公さまにかかれ、やれ、首を取れと勢いよく迫ってきたわけですからどうしようもありません。


 日頃の剣の鍛錬むなしく、多くの騎士たちが、傭兵たちにうちのめされました。

 そんな中、最後の最後まで、大公さまのお傍を離れず、守り通したのがオリヴァーでした。彼は、長さに勝る槍を手に迫ってくる傭兵たちを、流水の如き見事な剣捌きでいなしては、首を斬りはね、脛を突き、膝の皿を剣の柄で砕いてと、見事な戦いぶりをしてみせたのです。

 オリヴァーは騎士でした。まごうことなき立派な騎士でした。

 そして、そんなオリヴァーが奮戦しているところに、マイクロフトが駆けつけて、彼よりすごい槍さばきでえいやえいやと傭兵を蹴散らしたのです。


 あぁ、この世にこんなに強い男がいるのかと、オリヴァーは戦場だというのに、マイクロフトの振るう槍に見惚れました。

 一方、マイクロフトも、この世にこのように忠義の男がいるのだと、傷だらけのオリヴァーを見て思いました。


 大戦のあと、大怪我を負ったオリヴァーの父に代わり、オリヴァーは騎士団長になりました。今は、大公さまの領地にある、騎士団のねぐらで、次の戦では決して大公さまを危機にさらさぬようにと、老いも若いも関係なく、厳しく修練をさせています。

 そしてそんな若くして忠義者であるオリヴァーをもまた、大公さまは深く愛し、大公さまのお妃さまもまた信頼していたのでした。


 マイクロフトとオリヴァー。

 二人がいればきっとこの邦は大丈夫。


 そしてそれに輪をかけて、マイクロフトとオリヴァーは、大戦が終わり邦に帰るや、兵士と騎士という身分を超えて義兄弟の契りを交わしておりました。二人はお互いの武勇と忠義を認め合い、真に信頼できる友として、ともに祖国のために戦おうと、硬く誓い合っていたのです。

 それはマイクロフトが、一代限りの騎士として召し上げられてからも変わりません。

 マイクロフトが騎士団に所属しなくてもよいと、大公さまから申し付けられても変わりません。

 終生不変の友誼でありました。


 さて、そんな二人がどうしたことか、ある時大公さまに城に呼ばれました。

 大公さまはよいお歳でしたが、残念ながらお妃さまとの間にご子息がおられませんでした。お妃さまは大公さまに、お妾を娶るように勧められましたが、それも拒みました。

 ですので大公さまは、お仕えする王にお伺いを立てて、然るべきお方と養子縁組をしようと考えていたのです。


 しかしながら大公さまの目論見は少し甘い所がありました。

 さきの大戦において、隣国に手痛く負けてしまった王国は、多くいた直系男子――つまるところ正当なる王族の子――を、多く失っていたのです。

 長子である第一王子は無事でしたが、残るは第四王子と第七王子、そして、まだ六つにもならない第十三王子の四人しか、今の王に男子はいなかったのです。


 この状態で、然るべき養子をと言って、王が男子を差し出す訳がありません。

 大公さまは大きな領土をお持ちで、古くは王族に連なる一族でしたが、今の王家とは血が遠く、そこまでの義理がなかったのです。しかし、それでも、やはり王族としても、力のある地方貴族に縁戚が欲しいと思うのは仕方のないことです。


 なので王は大公さまにこうおっしゃいました。

 ならば私の娘を遣わそう。娘に然るべき男をあてがって、大公どの跡取りとされよ。


 そんな話をだしぬけに、マイクロフトとオリヴァーは聞かされたから大変です。

 そして、ここにきて二人はようやく、どうして自分たちが呼ばれたのかを理解しました。

 大公さまはおっしゃいました。


 迷っているのだ。マイクロフトとオリヴァー、お前たちのどちらに姫を娶らせ、私の跡を継いでもらおうかと。


 大公さまはたいそう困った顔でいいました。

 そんなことを相談されても、当の本人たちもどうしていいかわからないというのに。

 けれどもお人の良く、お育ちがよく、どこか抜けている――それはもう、戦場でおおいに狼狽えるのですからもちろん――大公さまは、自分の可愛い騎士二人を前にして、そんなことをおくびもなく口にしたのです。


 思いがけない話に、マイクロフトもオリヴァーも、口をあんぐりと開いてお互いの顔を見やりました。しかしながら、二人はなんといっても一人は真面目一辺倒の堅物、そしてもう一人は忠義に生きる誠の騎士でありました。

 これが詐欺師まがいの傭兵崩れなら、やれやれ俺にもようやく運が回って来たかと、マイクロフトは大公さまに、間を置かずにそのお話をお受けしますというでしょう。

 これが忠臣面した奸臣であったなら、このマイクロフトめは信用するには卑しい出自ですと、オリヴァーは友を迷いなく売ったことでしょう。


 ですが、二人はやはりまごうことなく、真面目一辺倒で、忠義の騎士でありましたから、しばらく黙ってお互いを見つめあい、そしてようやく口を開いたのです。


 大公さま、そのような話はおそれおおくも、私たちの身に余ります、と。

 しかしマイクロフト、お前には良い人などいないだろうと、大公さまが下世話なことを言います。その言葉にマイクロフト、うっと息を詰まらせて、一歩後ろに下がりました。

 マイクロフトやいい機会だと思うのよと、お妃さまも言うものだから、さらにマイクロフトは顔を青くしました。


 事実、マイクロフトにはいい人がおりませんでしたから、そう言われてしまうと何も言い返せません。せめて故郷に女の幼馴染でもいれば、今からにでも求婚して、これこの通り私は妻を娶った身ですからと言い逃れることができるのですが、それはどうしてもできません。

 対してオリヴァー、彼には幼き頃から彼を支える傍女中がおりました。気立ての良い女で、彼より年上ではありますが、よく気が付き、よく働き、平時はよくオリヴァーを支えてくれるものでしたから、彼女に頼めばオリヴァーはなんとか、今回の舞い込んできた話をなかったことにすることは簡単でした。


 しかし、苦しむ友を前に、一人だけ助かることなど、誠の騎士にはできません。

 そこでオリヴァー考えて――大公さまと叫びました。大公さまもお妃さまも、マイクロフトも振り返って、いつもは冷静沈着で声を荒げることのない誠実な騎士の切なる叫びにはっとしたように目を見開きました。

 マイクロフトの視線に、任せよとオリヴァーは力強い瞳で応えます。

 百人からなる大公さまの騎士団をまとめる男の眼力です。それでなくても、オリヴァーという男が、いざという時に頼りになるということを、マイクロフトもよく知っていました。ですから、よし、オリヴァーにすべて任せようと、マイクロフトは口を噤みました。

 大公さまもお妃さまも、このオリヴァーという男が、騎士団長にしておくにはもったいないほど頭の切れる男だと、常日頃から思っておりました。ですからこうして跡取りにと、マイクロフトと共に呼び出したわけです。当然、そんな彼の顔を見て、口を噤みます。


 ようやく静かになった大公さまの館の中で、オリヴァーは言います。


 さて、そうは言っても大切な王の姫さまです。こちらで勝手に相手を決めてはそれは非礼にあたるでしょう。こうして二人の花婿候補がいる訳ですから、是非お会いして、姫さまから直接選んでいただきましょう。


 おぉ、それはよい案だと大公さまは喜びます。それはすばらいいわねと、お妃さまもまた手を叩いて喜びます。ただ一人、マイクロフトだけが、オリヴァーの気持ちを察してただただ黙っておりました。もちろん、無二の親友であるマイクロフトには、オリヴァーが次に大公さまになんというか、そしてなにをしようとしているか、分かっていたのです。


 オリヴァーは続けてこういいました。


 大公さま。ついては私とマイクロフトの二人で、王都へと旅をしようと思います。姫さまに謁見するために旅にでようと思います。


 こうしてマイクロフトの嫁とりの旅が始まったのです。

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