星を探して

安路 海途

1(夜の旅立ち)

 その夜、東の地へと星が流れた。金色の光跡は空の闇を切り裂き、世界の半面を治める巨大な王は一時目を覚まし、そして何事もなかったようにまた眠りについた。

 若きグルガであるエントは、それを見届けてから丘を下った。空には砂をまいたように星々が瞬き、時折耳を聾するような強い風が吹いた。それらは何かの予兆や物語を含んでいるようだったが、読み手としてはまだ未熟なエントには、それを理解することはできなかった。

 丘を下り、小川や畑のあいだを通って行くと、石造りの僧院があった。グルガの修行僧たちであるウィタキアの住む建物である。エントはこの院に属するウィタキアの一人であり、その中ではもっとも若かった。

 エントが自分の宿房へ戻ろうとすると、院の前にある低い石垣に誰かの影があった。その姿を見て、エントははっとした。それは院の僧長であるオノル師のものだった。

 グルガの中でも優秀な読み手として知られるオノル師は、年ふりてなお矍鑠とし、その瞳は濁りを生ずることがなかった。今もまた石垣に腰かけ、杖を両手に支えながら、澄んだ泉のような瞳に星々の光を映していた。

 エントは両の手を胸の前で組み、膝を地に着きながら言った。

「師よ、このような夜更けにいかがなされたのですか?」

 オノルはよほど長いあいだ――あるいは、エントにそう感じられただけで、ごく短い時間のあと――こう言った。

「星を見ていたのだ、シャカル・ハスタよ」

 シャカル・ハスタとは、エントのウィタキアとしての命号であり、〝風に倒れるもの〟を意味した。そしてその名で呼ばれることは、何らかの拝命を受けることを示唆していた。

 エントは首筋を緊張させ、謹厳な顔つきで口を開いた。

「東の地へと、星が流れました、エンカノス・ウル(〝火を灼くもの〟)。空に半ば近いところ、丘の上で、私はそれを見たのです」

「うむ、わかっている」

 オノルは眠るような静かな声で言った。「そなたは、そこに何を読んだ?」

「私はまだ未熟な愚か者です、グルガ・ノトゥシマ(グルガの偉大なもの)。残念ながら、私にはその文字は複雑で、その声はあまりに小さすぎました」

「だが、そなたはその目で、あの落ちる星を見たのだ」

「そうです、ノトゥシマ。私はこの幼い目で、夜に傷が入るのを見ました」

「あの星はそなたに対する予兆だった。あの遠くから旅してきたものは、そなたのフィージョでもあったのだ」

 フィージョという言葉に、エントははっとした。それはグルガにとって試練や運命といったものを意味する言葉であり、〝その者を変えるもの〟だった。

 若きグルガに、変化の時が来たのである。

「お尋ねします、師よ。そのフィージョとはいかなるものでしょうか?」

「それがどのようなフィージョであるかは、誰にもわからない。フィージョはただそれを受けるもののみによって内験される一つの目である。どのように優秀な読み手であったとしても、他人の考えで考えることはできない。例え靴を変えることはできても、足を取りかえることはできないように」

「私は若輩です。このフィージョにふさわしいとは思えません」

「フィージョとは我々が選ぶのではない。フィージョが我々を選ぶのだ。そしてそれは、そなたを選んだ。……行くがよい、シャカル・ハスタよ」

「しかし、私はまだエルジョを受けていません」

 エルジョとはウィタキアたちの踏むべき位階の一つだった。それがなくては、僧院を離れることは許されないのである。

 本来なら十日ほどもかかるエルジョの拝受を、けれどオノルはこともなげにこう言った。「ならば今、お前にそれを授けよう」

 エントはその言葉を聞くと、ゆっくりと膝をのばし、立ちあがった。エルジョを授けられたものは、何者に対しても膝を屈することはない。自由なる読み手として、常に大地に対して直立することを求められる。

「師よ、謹んで拝命いたします。ウィタキアとして恥ずべきことのないよう、私は努力します」

「それでよい、シャカル・ハスタよ。この夜の明けぬうちに、新しい一日の生まれぬあいだに、疾く旅立つがよい」

 エントは深々と一礼し、師の言葉に従ってさっそく旅立つためにその前を辞した。


 そのようにして、彼は星を探す旅に出たのである。

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