友達だから

 少し考え込む様子を見せた天狐さんでしたが、すぐに何かを思い付いたらしくこちらを向いて言いました。


「地狐の車で行こうか」

「マジで言ってるんですか師匠? まぁ体を貸すよりかは随分とマシですけど」


 今の発言は、どれだけ加胡川さんが私に体を貸す事を嫌がっていたのかがよくわかる発言です。しかしながら、私としてもここまで彼に嫌がられているとは思っても見ませんでした。もしや私は彼に乱暴な性格だと思われているのかも、気が気でありませんね。


「じゃ、早速車を表に回して来ますね」


 そう言うと加胡川さんは、さっきまで出しっ放しにしていた尻尾と耳を謎の煙と共に消して、何も持ち出す気配もなく玄関から外へと出て行きました。こうして見ると妖狐と言う妖怪も、案外人間社会に溶け込んでいる存在なのかも知れません。ーーやっぱり化けられるって有利だなぁ。


 現在加胡川さんの車は、轆轤首さんが友人とかが来た時にと空けておいた、この建物の裏にある住民用駐車場に停めてあります。轆轤首さんは車を運転出来ない方ですから、「まさか使う時が来るとはな」と笑っていたのを今になって思い出しました。そしてどれだけ人を呼んでいないんだ、とつい笑いまで込み上げてきちゃいます。

 隣に居た天狐さんからすれば、何笑ってんだとでも言いたかったでしょう。


「よし、ワシらも支度して行くかのう」


 二人きりになった空間は、何とも言えない雰囲気に包まれていました。

 友達になった。だけどこうして二人だけになったのは、何気に初めての事です。何を言えば良いのか考えているけれど、やっぱりそれを口に出すのが不安で恐ろしい。多分話を切り出してこない辺り、天狐さんも同じ事を思っているんじゃないでしょうか。


「て、天狐さん」

「な、なんじゃ?」


 正直、轆轤首さんが私の事をどう思っているのかなんてわかりません。けれど轆轤首さんと居ると楽しい、天狐さんと居るのも楽しい、これらの楽しいのジャンルは私の中で、根本的に何かが違うような気がしていました。それは単に轆轤首さんと過ごした期間の方が長かったから、と言われてしまえばお終いでしょうが、ただそれだけでは片付けられない何かを、私は感じ取っていたのかも知れません。

 ただ、天狐さんにはどうしても一つ、言っておかなければならない事がありました。


「友達になってくれて、ありがとうございます」


 彼女は私が辛かった時、不器用ながらも必死で私を助けてくれようとしました。だからそう言った意味も含めて、一度しっかりお礼が言いたかったんです。

 何故今このタイミングで、とかは言われると思いますが、正直こんな事他の人には聞かれたくありませんから。ーーだって、恥ずかしいじゃないですか。


「何を今頃……。さ、早くせんと地狐に迷惑が掛かるぞ」


 すると天狐さんは自分の表情を隠すように、手で顔を覆い被せながらリュックサックのある部屋へと向かって行きました。

 普段なら加胡川さんの事なんて気にも掛けないのに、天狐さんも恥ずかしがり屋さんみたいですね。しかも素っ気無い返事をしたつもりだったんでしょうけど、あなたの顔は隠しきれていない程に赤らめていましたよ。ーー案外、私達は似た者同士なのかも知れません。


 リュックサックに私が入ったのを確認すると、天狐さんは重い玄関の扉を開けて外の世界へと足を踏み出しました。

 二度目となる家からの外出。まさかこんなにも早く実現出来るとは、ほんと天狐さんと加胡川さん様様です。しかも天狐さんは「ワシと同じ景色を見せてやりたい」とおっしゃっていたので、リュックサックも前に掛けてくれてちゃんと外の景色も見えています。

 ずっと立ちっぱなしになるのは前回同様辛いですが、周りの状況をこの目で見られるので我慢我慢です。


 空の色は真っ青、階段を繋ぐ通路の隙間からでも光の強さははっきりとしていました。これが雛形区の晴天、何度見てもやっぱり家の中のより美しく感じちゃいます。

 外の空気も美味しいし、こんなの味わっちゃったらもう家の中での生活なんて戻りたくなくなっちゃいますね。だからその分、今日はいっぱい雛形区の街を堪能しちゃいます。


 轆轤首さんから預かった鍵で施錠し、天狐さんが階段を降りようとしたその時でした。

 ガタン、ドタドタドターー。鉄の扉が閉まる音と共に、上の階から何かが走って来る音が聴こえてきました。


「おはようございまーす!」

「お、おはようございます!」


 突然の挨拶に動揺したのか、天狐さんは彼女に対して敬語で挨拶しました。そのせいで私もてっきりお相手は大人の方かな、とも思いました。けれど、すぐにその考えが間違っている事に気づきました。それも聴き流してた声の記憶を辿っていくと、なんでそんな結論に至っちゃったんだろうってぐらいの間違いでした。だって彼女の声の質、全然大人の声じゃありませんでしたもん。


 その方は、それはそれは小さな女の子でした。体に見合ってないような大きさの、赤いカバンを背負った彼女は、挨拶をするや否や颯爽と、階段を飛ばし飛ばし降りて行きます。まさにこれは一瞬の出来事、と言ったところでしょうか。


「な、なんじゃ? この建物にも子供はお、お、おったのか」

「み、みたいですね」


 どうりで休日の日とか、上の階が騒がしかった訳ですね。雛形区は高齢化がどんどん進んでいっている為、てっきりここの県営住宅もお年寄りしか住んでいないとばかり思っていましたよ。しかしそれは勝手な私の偏見でした、声に出してはいないにしろ失礼な事を考えちゃってるなぁ。


「あの急ぎよう、寝坊でもしたのじゃろう」


 今の時刻は八時過ぎ、世間的には出勤時間や登校時間になる該当する時間です。なので今降りていった子はお母さんと一緒じゃないところを見ると、小学生ぐらいの子なんだなとは思っていました。けれど彼女が寝坊している、とまでは考えもしませんでしたよ。

 どうして天狐さんはそんな事がわかったんでしょうか。


「どうしてわかるんですか?」

「基本的にどの学校も登校時刻は八時半じゃからのう。あの駆け込み具合が良い証拠じゃ」


 寝坊ってまるで今日の轆轤首さんみたいーー。いいえ、毎朝のと言い換えた方がいいですかね。何せあの人はいっつも遅刻していますから。

 何はともあれあの子に習って私達も、そろそろ加胡川さんが待っている車の方へと向かいますか。


「じゃな」

「……へ?」


 私何にも言ってないのに天狐さん、何が「じゃな」なんですかね。もしかして天狐さん、他人の心を読み取る力も持ってるんじゃないでしょうか。一応彼女の能力の全貌を把握する為、今度はわざと頭の中で質問をしてみました。今のはただの空耳であってくれーー。そんな願いも若干込めました。


 しかし天狐さんの能力は、私の考えていた通りに働いてしまいました。


「なあに、お主がリュックにおるときはこっちの方が話しやすいじゃろうと思うての」


 どうやら天狐さんには姿を変化させる妖狐の能力以外にも、心を覗き込む能力を持っていたみたいです。今このタイミングで使ったと言う事は、普段からその力を使ってたんじゃないんですかね。


「それはそうですけど…………」


 能力が能力だけに、これでは私のプライバシーが守られません。私だって女の子なんですから、読まれたくない心の一つや二つぐらいありますし。


「安心せい、車におるときは心は読み取らんから」


 寧ろこの先不安しか見えないんですけど。天狐さんの事、ちょっと信じられなくなったかも知れないです。これは警告ではないですよ、れっきとした事実です。

 そんなこんなで私達は、階段を降りた付近に停車している加胡川さんの車へと、足を向かわせていきました。ーー加胡川さん、また運転お願いしますね。


 助手席に乗った天狐さんは、車に乗るや否や私をリュックサックから取り出しました。えらく大胆に外の景色を見せてくれるんだなぁーー。なんて思っていると、ふと彼女の姿にある異変が起きている事に気が付きました。


「て、て、て、天狐さん!? どうしたんですかその姿!」

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