名をツクモノ
それから私達は、自然とお互いの話をしました。
彼女の名前は
それもどのくらいこの町に暮らしているのかと言うと、驚くでなかれ約二百年! 言わば、私の妖怪大先輩ってところですかね。
因みに妖怪と言う生き物は、人間よりも長く生きるらしいです。なので彼女は人間社会に溶け込む為に、住居の方も転々としているようですよ。
それにしても、
「お婆ちゃんが三日前に亡くなっていたなんて……」
まさに私の中の話題はそれで持ちきりでした。
轆轤首さんが言うには、お婆ちゃんは出掛け先の病院で亡くなったそうです。だから今日お婆ちゃんの家に来ていた怪しい二人組も、連絡が途絶えていたお婆ちゃんの子供さん達との事でした。
彼らの目的はあくまでも、お婆ちゃんの遺品整理だったらしいです。
けれどあれは見るからに、遺品整理と言う名の窃盗ですよね。ああ言う時に限って、御子息面するのはどうかと思います。
「けどな市松人形ちゃん、今回の件でよくわかっただろ。別れってのは妖怪になっちまった以上、必然的に経験するものなんだよ。何せ妖怪には寿命がねぇからな」
そんな事わざわざ言わなくたって、お婆ちゃんの先があまり長くなかった事ぐらいわかってましたよ。何せ大好きなテレビを見ている時、得意の手芸をしている時、時たま苦しそうな咳をしていたんですからね。
だけど私は認めたくありませんでした。
お婆ちゃんがこのまま居なくなってしまえば私と言う存在が、お婆ちゃんの子供さん達が言う、ゴミと同じになってしまう事を。これも定めと言うやつなんでしょうか。
もう少しだけでも長くは生きてくれなかったのかな。話を聞いて芽生えてしまったその感情に、私は自分の事ながらも怒りを覚えました。
どうして私はこうも自分勝手な事を考えてしまうのかなって。これじゃあ根本的に、あの子供さん達と考え方が同じじゃないかって。
「問題はな、その経験を如何にお前が耐え忍ぶかって事だ。それが出来なきゃお前はずっと、精神的な破滅へと突き進んじまう」
確かに轆轤首さんの言う通りです。私はもうただの市松人形ではありません。妖怪として生まれ変わった、動く市松人形なのです。
人と関わる道を選べば当然付きまとってくる別れーー。これを耐えずして、私はこれからの一生どう生きていくのでしょうか。
だとしたらお婆ちゃんとの別れこそ、私が妖怪として生きていく為の通過点だったんだと考えるべきなのです。彼女の言葉は伊達に長い事生きてきただけはあり、それを私に気付かせるには十分でした。
「ま、市松人形ちゃんはまだまだこれからだしな、取り敢えずは落ち込み過ぎるなって事よ。にしても市松人形ちゃんって呼びにくいなぁ」
それは私も同じ意見ですよ。彼女の話題の変え方も急だとは思いますが考えてもみてください。市松人形ちゃんってそのまんま過ぎませんか。なんならせめてここに住んでる間だけでも名前を付けて呼んで欲しいですよ。
なので私は、その胸を轆轤首さんに打ち明けてみる事にしました。
「だったらその……轆轤首さん! よろしければ私の新しい名前、考えて頂けないでしょうか?」
「おっ、いいじゃん。腕が鳴るぜ!」
私はテレビやお婆ちゃんの独り言をよく聞いていたので、難しい言葉もそれなりにわかっているつもりです。
でも言葉をよく知っているからと言って、名前を付けるセンスがあるのかと言うと、それはそれで黙り込んじゃいます。しかも私は、お婆ちゃんから「お人形さん」としか呼ばれた事がなかったので尚更です。
ああ神様、私に生をお与え下さったのでしたら、ついでにネーミングセンスと言うものもくださればよかったのに。まぁ轆轤首さん、意外にも名前を付けるのにはノリノリですので、命名は彼女に任せる事にしましょう。
いい名前、期待していますね。
ですがその話題は、いつの間にか私が何の妖怪なのかと言う話題に流されちゃいました。
まぁ名前はパッと決められる物でも無いですし構いませんけど。この人って結構物忘れしやすい人なのかな。
「しっかしツクモガミにしてはお前は日が浅いもんな。それに今時市松人形なんかへ、好き好んで取り憑く霊もいねぇだろうし」
本棚に飾ってあった妖怪図鑑なるものを開いて、轆轤首さんはそんな事を言っていました。
さり気なく私の事を
と言うか彼女程長生きしているのであれば、普通私によく似た妖怪も知っているんじゃないのでしょうか。だとしたら彼女、物忘れが激しいってレベルじゃないですよ。
「あの……。ツクモガミって何ですか?」
そもそも私は妖怪の事に関してはからっきしなので、轆轤首さんにツクモガミが何なのかを聞いてみる事にしました。
とは言っても、彼女は人間の妄想記録帳のような妖怪図鑑に
すると轆轤首は唐傘小僧と言う妖怪のページを開いて、ツクモガミについての説明をしてくれました。どうやらそれについては、しっかりと覚えていたみたいです。
「
後者の唐傘小僧についてはテレビで知ってはいますが、カマナリぐらいになるともう専門寄りになっちゃって私には全然わかりません。
ともかく、百年以上経たなければその付喪神ではない、って理解でいいですよね。またあんまり聞いちゃうと、轆轤首も困ってしまいそうなんでやめておく事にします。
「そこでアタシは考えた! お前の名前は一番可能性としてある付喪神から
そこでそう来ましたか。私の正体を調べていただけでなく、しっかりと名前も考えくれていたとは抜け目無い。
しかも「付喪神」と「
忘れっぽい人とか思っちゃってごめんなさい。
「いいじゃないですか“ツクモノ”! 最高の名前ですよ!」
予想以上の出来の良い名前に私も興奮してしまい、もう頭の中がこれ以上にない幸福で満ち満ちていました。
ツクモノ、ツクモノーー。あぁ、何度言っても素晴らしい名前ですね。私の名前を考えてくださってありがとうございます、轆轤首さん。
「じゃあ早速だけどツクモノ、お前腹減ってねぇか?」
「お腹……ですか?」
何だか轆轤首さんの気迫に押されてしまって私の声が縮こまっちゃってますが、彼女の問い掛けを私は
妖怪になったばかりの私ではありますが、実は空腹と言うものは感じてません。妖怪も一応生き物らしいですから、空腹も感じるとは思うんですが。
しかし私の体はゴムっぽい手足以外は、何だか硬い素材で出来ています。それらがどう言った原理で動いているのかすら、不思議なくらいなのに、そんな私が食べ物なんて食べても大丈夫なのでしょうか。
「いやぁお前の体は見た所だな、昔の市松人形みたいに木や布では出来ちゃいないだろうからさ。食べる事は大丈夫なんじゃねぇかなって」
何たるアバウト過ぎる見解……。何を根拠にそんな事を言えるのやら。「大丈夫なんじゃねぇかな」で適当に済ませている辺り、これから先この人について行くのは結構勇気が必要だったりするのかな。
そう思うと私、やっぱり不安です。
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