第二話 トイレの花子さん
1 ヘンでフシギなものたち
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その日は春のわりに肌寒かった。私は学校へ行くことすら余計面倒になるけど、用事があるのか朝早めに登校してきた生徒もいた。男子二人が裏門からグラウンドに駆け込んでゲタ箱へ向かう。
『おい、見ろ。あれ……おかしくないか?』
片方が指さした先には、台。台だけ。
『あそこ、ニノミヤ何とかって人の像があったはずだろ』
『ニノミヤ……キンジローだっけ? あのぼろっちいやつ』
この光が島小学校は他の学校に比べてきれい。建てられてから十年ちょっとしかたっていないので、古びたという言葉が遠すぎる。
一つだけ、その言葉にぴったりのものがある。グラウンドの片隅にある
生徒からは興味を持たれていない。「すごい努力家だった」「たきぎを背負ったまま本を読んでいる姿なのは、仕事中でも勉強していたから」「皆さんも見習って……」と校長先生が朝礼で説明しても、「話が長いよ」と嫌がられて終わり。銅像があるせいかこの学校では道徳でも二宮金次郎の話をするけど、面白いなんて思われない。
昔は学校によくある銅像だったらしい。でも今はなくなりつつある。新設校のここにあるのは、何年か前にどこかの学校からお古が回ってきたせい。
そんなわけで、他の校内風景に比べてアンバランス。普通に学校のななフシギが生まれていたとしたら、この像からだったのかも。実際、二宮金次郎像の怪談はいろいろな学校にある。
『そういや噂で聞いたことがある。どっかの学校では、あの像が追っかけ回してくるとか』
『怖いこというなよ』
いい合っている二人は、足が少し遅くなっていた。
『どうせ、あんまりぼろいから昨日のうちに片づけられてたんだろ』
『台だけ残してか?』
二人は立ち止まった。
戸惑った視線の先には、二宮金次郎像の台。上には誰もいない。
二宮金次郎はいる。台の下で寝そべりながらおなかをかいて、面倒くさそうに二人を見た。
『もうガキどもが来る時間かよ。かったりいな』
大あくびまでする。背負っていたたきぎも台のそばに置きっぱなし。二人は目を丸くした。
『ニノミヤキンジローが、ダラダラしてる?』
『すごい勉強家のはずじゃ……』
二人がつぶやくと、ニノミヤさんは舌打ちした。
『勉強勉強ってうっせえよ。じゃあ、てめえらはここへ何しに来てんだよ』
話しかけられた二人はたじろぐばかり。銅像が動いているんだから当たり前だけど、ニノミヤさんはわずらわしそうな様子を強める。
『うぜえぜ。せっかく話しかけてやってんだから、とっとと答えろ』
『えっと……勉強?』
ニノミヤさんは『はぁ?』といいながら身を起こして、あぐらをかいた。
『学校は友だちと遊ぶところだろうが。勉強なんか、ちゃっちゃとすませとけ』
『そんな、簡単には……』
二人の片方が答えると、ニノミヤさんはため息をついた。
『今日は何の授業があんだよ』
『そういえば、社会で小テストをやるとか』
『暗記かよ。大人になってから役に立つかどうかわからねえことを覚えさせやがって』
舌打ちまでして、がらが悪い。
『俺がコツを教えてやる。これは絶対に出るってところがあんだろ? それをテストの直前に何度も見て覚えろ』
『問題を解いてるうちに、忘れるし』
切実な問題だから、二人は「本当にしゃべっていいの?」という顔をしながらでもすぐに答えた。ニノミヤさんは短く笑う。
『頭を使えよ。テストが始まったら、覚えたことをテスト用紙の隅でも裏でもどこでもいいから書いとけ。忘れたら、それを見ろ』
『それって、カンニングじゃ……』
『なわけあるか! 別の紙に書いて持ち込んだんならともかく、テスト前に覚えたことをテスト用紙に書いただけだろうが! 解答欄とそれ以外の場所、どっちに書いたかの差しかねえ!』
ひざを威勢よく叩く。銅像だから「パン!」じゃなくて「ガン!」だった。
『わかったらとっとと行け。俺はお前らの相手をしてるほどヒマじゃねえんだ』
もう一度横になって、しっしっと手を動かす。二人は顔を見合わせて、またゲタ箱へ。
『ちょっと待て!』
ニノミヤさんは、通り抜けた二人を呼び止めた。
『まさか、どこが必ず出るかわからねえなんてマヌケなことをいうんじゃねえだろうな?』
みんなそれがわかるなら、テストで苦労しないけど。
『クラスに一人くれえいんだろ? 勉強してねえけどテストの点だけは妙にいいってやつが。そいつはヤマを自然と見極めてんだ。うまく聞き出せ!』
『う、うん』
『わかったら行け!』
二人はその場を離れて……次の生徒が通りすがったとき、もう二宮金次郎像はいつもどおり台の上でたきぎ運び&本読みのポーズだった。
私たちがニノミヤさんたちのやり取りを見たのは放課後。ゆーま君はしっぽ
「ニノミヤさんのこと、教室でも話してる人いたよね!」
ゆーま君に会ってから一週間たって、また月曜日。今日も私たちはゆーま君の部屋に来ていた。
私はときどき教室でヘンななフシギのことをアミちゃんとツキちゃんに話したくなる。でも、誰かに聞かれたら大騒ぎだ。だから話すのはこの部屋の中限定にしようって、三人で決めた。
「あんな二宮金次郎がいる学校なんて、うちくらいだろうな」
アミちゃんは先週の不機嫌そうな雰囲気じゃない。私はササの〈二宮金次郎の像がだらけるコツを教えてくれる〉という短冊を眺めながら笑った。
「二宮金次郎なのにだらけてるってだけなら、よそのななフシギにもあるかも。でも、もうひとひねりしてみたら違うかも」
「だらけているだけでも、あまりないと思います」
くすくす笑っているツキちゃんの後ろで、ゆーま君が私たちを見上げていた。この部屋の持ち主だけど、小さくなっているように見える。
「もっと怖い方が……普通っシュよ?」
「短冊ができたってことは、ヘンななフシギでもセーフってことだよね?」
「そのとおりっシュ……だけど、ななフシギとして変すぎるっていうか……」
「どういうななフシギがよくあるものなのかは、ちゃんと考えるようにしましょう」
ツキちゃんはスマホを操作し始めた。
「ななフシギといえば、これではないでしょうか」
私たちへ見せたディスプレイには、おかっぱの女の子が映っていた。
「トイレの
ツキちゃんはディスプレイをスクロールさせていく。
「大抵は赤いスカートに白いワイシャツという姿。トイレの決まった個室にいて、決まった手順でノックをすると返事があるとか。トイレにいるのは、そこでなくなった子の幽霊だからだとか。花子さんはメジャーで、怪談系のマンガや小説にも出てきます」
たしかに花子さんはななフシギっぽい。ゆーま君は「いい流れっシュ!」と喜んでいたけど、私は落ち着かない。アミちゃんは画面をじっと見ていた。
「花子って、昔からある名前だよな」
その一言に、私はうなずく。
「大人しいイメージ持ってるのは私だけかな。女の子らしい名前と服だし」
自分でいってみて気づいた。
「花子さんって女の子だよね? つまり女子トイレにしか出ないよね?」
「当たり前だろ」
「それって、男子にはつまらなくない? 見られないわけだし」
「そういわれてみるとそうかもな。見たいかどうかはともかく」
「では、男子トイレにボーイフレンドの太郎君を置いてはどうでしょう」
ツキちゃん、そんな着せ替え人形みたいな。
「花子さんと太郎君で同じことするの? ななフシギに同じのが二つってことになるよ」
「違うことをさせれば……ああ、それじゃダメなのか」
アミちゃんも気づいたみたい。花子さんと太郎君が別のことをしたら、結局男子も女子も片方のパターンしか体験できない。
「増やしたりせず、男子でも女子でも大丈夫……そうするには……」
私はランドセルからスケッチブックを取り出した。ニノミヤさんについて書いたページの隣でエンピツを動かす。
(トイレの花子さんは女子トイレにしかいないから、男子はかかわれない)
おかっぱでスカート姿の花子さんを描く。ゆっくりと、道をたしかめるように。
(花子さんがニューハーフだったら? 男だったり女だったりして、どっちのトイレに出るかわからないとか。でも、そういう人ってどっちのトイレに入るか決めてたりしないかな)
イメージをまとめるために、花子さんの周りにあるものも添えていく。便器、ドア、窓……
「そうだ!」
私はのろのろだったスピードを上げた。花子さんがすることも描いて、スケッチブックをみんなに見せる。
「へえ……」
「まあ」
アミちゃんとツキちゃんは感心しているみたい。ゆーま君だけは「どうっシュかね……」とこぼしたけど、私は「早く作ろう!」とみんなにいった。
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