2 決めつけ
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次の日の放課後、私たちはまたゆーま君の部屋に行った。アミちゃんは嫌がっていたけど。
「アミ、よかったっシュ。もう来てくれないかと思ったっシュ」
「あたしから来ようとしたんじゃないっての」
アミちゃんは冷ややかに答えて、私を見ながら少しだけ笑った。
「ハルがあんまり誘ってくるからだ。もう大丈夫とかいって」
ツキちゃんも、昨日の帰りがけよりずっと安心しているみたいだった。
「ハルさんがそういうときって、必ず何かありますからね」
一年の時から同じクラスだって絆は固いのかも。私はホッとしつつランドセルから昨日のスケッチブックを取り出した。
「ねえ、ゆーま君。昨日のななフシギって、作り直したりできないのかな」
「できるっシュよ」
よかった。無理っていわれたら、やり直しも何もない。
「じゃあ、今日は体育館のななフシギをもう一回作るよ!」
「おっけーっシュ」
ゆーま君は私たちがななフシギを一つ作ってみせたことで信用してくれているのか、すぐにしっぽ玉を私たちへ近づけた。
(だましてるみたいでごめんね。でも、ゆーま君も困らないようにするから)
私はスケッチブックを構えた。考えをもう一度頭の中でまとめてから、息を吸い込む。
「……体育館に、こんなのが出る!」
スケッチブックを開いて二人に見せると――
「ぷ、あははは!」
アミちゃんが笑い始めた。ツキちゃんもくすくす笑う。
「ハル、下手くそな絵だな! いつもの上手さはどうした!」
「でも、特徴を押さえているから何を描いたのかギリギリで分かります!」
急いで描かないと、浮かんだイメージが消えちゃうんだよね。私はわかってもらえたことに安心しながらゆーま君を見た。
「ほら、昨日のぴかーってのを!」
「えっと、これ、本当にななフシギっシュ?」
「そうだって!」
「そうっシュか……?」
私がちょっと強い口調でいったせいか、ゆーま君は昨日と同じようにしっぽ玉を光らせた。
「生まれるっシュ、新しい……ななフシギ?」
光がやんだ後、やっぱり映ったのは体育館。今日は剣道クラブがなくて、がらんとしている。
裏口のドアがゆっくりと開いて、何人かの生徒が抜き足差し足で入ってきた。見たことがある顔。昨日、剣道クラブにいた子たちだ。
『授業中にこっそりカギを開けといてよかった』
『本当に幽霊なんているのか?』
『そんなの聞いたことないけどな』
幽霊が本当に出るのかどうかたしかめに来たみたい。
『俺、本当に倉庫で見たんだって!』
そういったのは、昨日幽霊を見た子。怖いから二度と近づかない、ってならないのは友だちへの意地があるからか。竹刀を持っているのは、念のため武装してきたってことだ。
その子だけは倉庫の扉にそろそろと近づく。他の子は忍び込むところまでやれば後は大丈夫って気分なのか、普通に倉庫へ歩いていく。どっちが先に倉庫の前へ着いたのかはいうまでもない。
『開けるぞ』
全員が扉のそばに集まったところで、一人が取っ手をつかんだ。勢いよく開ける。
中には、首のないバスケ部員――なんていなかった。でも、剣道の子たちは目を白黒させた。
違うものがいたからだ。
『え……』
『どうして……?』
一応危ないものではあるから、みんなたじろいだ。逃げないのは、きっと「こんなのが学校にいるなんておかしい」という感覚の方が大きいせい。
トラとライオン。後ろ足だけで立っていて、着けた帯は腰に回したりまたの間をくぐらせたり。
あれはマワシだ。二匹とものしのしと倉庫の外に歩く。剣道の子たちが唖然としながら道をあけると、そのまま出ていった。
剣道の子たちは振り返ったところでまた驚いた。体育館の真ん中に高台ができていたからだ。上に円があって、トラとライオンはその中に入る。
『に~ぃし~、獅子~の~山~。ひが~ぁし~、虎~の海~』
軍配を持って着物姿のシマウマがいた。行司らしい。トラとライオンは向かい合って身構える。
『見合って見合って。はっけよぉい、のこった!』
二匹がぶつかり合う。肉球つきの前足をお互いにパンパン出して、突っ張り勝負。そうかと思うと、相手のマワシをつかんで引っ張り合う。
『これって……』
剣道の子たちは口をぱくぱくさせていたけど、そのうち一人が我慢できなくなったみたい。
『どうして体育館でトラとライオンが相撲してるんだよ!』
二匹がピタッ! と動きを止めた。突っ込みが気になった? すぐに離れて、土俵から降りる。
シマウマがどこかから何頭も出てきて、土俵を押した。スライドして動く仕組みだった。
他のシマウマが体育館の床に柱を立てた。何メートルか離して二本。間にネットを張る。
それが終わるころ、トラとライオンはもうマワシをしていなくてラケットを持っていた。シマウマは柱のそばに背の高いイスを置いて、上に座る。
『ラブオール、プレイ!』
シマウマが合図ずると、トラが
トラがスパーン! とスマッシュ。ライオンは横なぎの一振りで打ち返す。
『バドミントンすんな! 相撲以外ならいいって問題じゃねえ!』
また剣道の子が突っ込むと、トラとライオンはやっぱり止まった。羽根がライオンの足もとに落ちて、審判シマウマが『ポイント、ワンラブ』といったけど、試合は中止らしい。シマウマたちが柱もネットも片づける。
今度はしきものが広げられて、トラとライオンは器用に正座。二匹の間にカードが何十枚も並べられて、カードを束ねて持ったシマウマも正座した。
『犬も歩けば棒に当たる』
シマウマがカードを読むと、トラとライオンが視線を動かして――ほぼ同時に手を出す。ライオンが一瞬速くカードを叩き飛ばした。
『カルタかよ! スポーツじゃなきゃいいってことでもねえ!』
そのころ、剣道の子たちはもう恐怖なんかどこかへ行っていたみたいだった。むしろ感覚がマヒしてきたのか。ためらいなくいいはなった。
トラもライオンも立ち上がった。文句をいわれたのが不満みたい。指さしたのは、ステージの垂れ幕。〈トラ! ライオン! 最強決定戦!〉と書いてある。下に〈賞品〉という札があって、隣でシマウマが大人しく座っていた。
『そいつら準備とかしてくれてたろ! 食うのかよ!』
それがとどめになったのか、動物たちは不機嫌そうに動き始めた。垂れ幕もしきものも片づけて、ぞろぞろと倉庫に戻って、最後の一匹が扉を力任せに閉める。バン! と体育館に響き渡った。
『おい、やめなくてもいいだろ』
剣道の子が扉を開けると、倉庫の中には動物なんて一匹もいなかった。
『何だったんだ、今の。俺たち、何しに来たんだっけ?』
『えっと、たしか幽霊が出て……』
『幽霊はいなかったけど……』
「ぷははは!」
笑い声は、体育館じゃなくて私たちがいる部屋でのもの。アミちゃんが腹を抱えている。
「トラとライオンが体育館で最強決定戦してる? 意味がわからん!」
ツキちゃんだって、くすくすいいっぱなし。
「ななフシギって、普通は怖いものじゃないんですか?」
私は胸を張って答えた。
「ななフシギが怖い? 決めつけはダメだよ」
「出た! 兄ちゃんの受け売り!」
アミちゃんがいったように、私はそのセリフをときどき口にする。絵だってそんな考え方に従って思いつくままに描くから、変なのが完成してみんな笑う。
五年前の私は、川に落とした百円玉が絶対に見つからないと思った。でもお兄ちゃんは『決めつけはダメだぞ』っていって、あっさり拾ってみせた。
もしかすると、あのときのお兄ちゃんは自分の財布から出した百円玉をこっそり握っていたのかもしれない。そのまま手を水につけて、私の前で開けば、拾ったように見える。
どっちでもいい。私はお兄ちゃんの一言を心に染み込ませて、たくさんの場面で使ってきた。
習字で好きな言葉を書くようにいわれたとき、私は「決めつけはダメ」と表現したくて〈決めつけ〉と書いた上に大きく×を付けた。「失敗して×を付けたの?」なんていわれたけど……そこはわかってよ、去年の担任の先生。
「でも、ななフシギが怖くないなんて……ありえないっシュ」
ゆーま君は納得できないみたい。私はふふんと笑ってみせた。
「ななフシギって、ななコワイモノじゃないよね? 不思議なものが七つあるってだけで」
指さしたのは、部屋に飾られたササ。短冊の言葉が〈体育館でトラとライオンが最強決定戦〉に変わっている。
「この短冊がちゃんとあるってことは、ヘンなななフシギでもOKってことだよ!」
「ヘンな、ななフシギ……『な』が多いように聞こえますね」
私はツキちゃんの言葉からひらめいた。
「じゃあ、縮めてヘンななフシギ!」
「安直なネーミングだな。でもわかりやすいぞ」
アミちゃんは軽く付け加えた。昨日の微妙な空気なんかない。
しっぽ玉の向こうでも、剣道の子たちが『わけわかんねえ!』とかいいながら笑っていた。ゆーま君だけは心配そうに「本当にいいっシュかね……」とつぶやいていた。
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