第十八幕『死刑執行人』








 死刑執行人。

 人はその存在を忌み嫌い、大衆はその役を他人に押し付けた。

 それにもかかわらず大衆は、その人物を必要悪とし、『罪人殺し』の罪を着せた。

 実際にはその人物が“罪”に問われることはない。

 罪というものを決めるのは王であり、王宮に使える者として、命令に従っているだけであるのだから。


 だが、罪人であっても人を殺すのだ。しかも自分の意思に関わらず。

 人は人を殺す時、殺される人物と同等の苦しみを得てしまう。例外もあるが。


 “罪を犯した人間を罰する”仕事として、好き好んでしているわけではない。民からそれを押し付けられ、蔑まれ。それでもその人物は、日の当たらない場所で一生を過ごすのだった。


 広場の時計は、普通の人なら昼食を済ませ、小腹が空いてくるその時を指していた。


 春の終わり頃のような、まだ初夏とも言えない頃のような。

 そんな柔らかい日差しの中。

 人々は心地よい気だるさを、街に漂う甘い香りとともに楽しんでいる。

 その中でも子供たちは、街の端から端へと走りゆく。

 走る事さえも彼らには楽しいのだろう。


 子供というのは正直だが、時に残酷だ。

 嫌いなものは正直に嫌いと言う。

 そういった対象があれば、大人の場合は極力近づかないように、出来るだけ遠ざけたいと思うものだ。


 子供たちは親から、その男――死刑執行人には決して近づいてはいけないと教えられる。

 しかしながら、禁止されるとかえってそれをしたくなるのが子供心というもの。

 そんないたずら心を持った、いわゆる悪童たちは興味があるのか、男を見かけると面白がったり罵ったりした。

「あいつ、あんな所にいるぞ!」

「あっ、ほんとだ!」


 この街には、仲良しの悪童二人組がいる。

 肉付きがよく、服装からしておそらくは金持ちで、親も太っていると容易に伺える一人。

 もう一人は正反対に華奢だが、ニヤニヤ笑いをし、ずる賢い印象だ。

「行ってみようぜ」

  一人が手招きで合図をすると、もう一人は悪戯心をくすぐられたのか、ニヤニヤしたまま着いて行く。

 見つかることを全く気にしていないような忍び足で、二人の子供は男に近づく。

 後数歩ほどまでの距離に、男の背中があった。

 世間から隔絶された存在である男。

 黒づくめのその人物が、通りを虚ろな目つきで歩いている。


 二人組の悪戯心が頂点に達した頃、互いの顔を横目でニヤリと確認する。悪童はどちらからともなく一斉に、その背後へ石を投げつけた。

「人殺し!」

「人殺しだ!」

 黒い布に身を包んだ男は、返す言葉もなく背を向けたまま、いっそう俯いてそこから去りゆく。


 その表情に映るのは、恨めしいような、悔しいような色。



――



 酒場は昼間から客で溢れかえっていた。

 町の中でも一番盛り上がっている、または浮かれていると言っていい場所だろう。

 毎年、姫の誕生記念酒が造られ、その味はなかなか好評らしい。

 その酒を飲もうと城下町に住む者、隣町の民など、様々な身分の者たちが押し寄せるのだった。


 店内は和やかなムードに包まれていたが、とある人物の登場によって雰囲気は一変する。

 木製の扉を開いて侵入してきた者の外見は、まさしく死神。

 黒いフードをかぶっている。

 しかしその背に負われているのは鉄製の大斧。

 異様な雰囲気の漂う男に、酒を運んでいたウェイターが立ちはだかった。

「あんたにやれる酒はないよ」

 しかし、呆気なく男に片手で押し飛ばされ、派手な音を立てて後ろに倒れる。

 グラスが割れ、盆からひっくり返った酒で、ウェイターの頭はびしょ濡れになった。

 その様に笑う者は一部の下衆どものみで、男を恐れ、店内はひそひそと噂をするような声でざわめく。

 不穏な雰囲気が漂うなか、男は店の奥のカウンターへと向かう。

 人々は男から離れ、男の前に道をつくる。

 店主は何か言いたげだが抵抗できず、男がそこに腰を下ろすのを許してしまうのだった。


 静かに、酒だ、と店主に要求するが、店主は困ったような顔でようやく言葉を発した。

「いろいろ大変なのはわかるけどなぁ……あんたに出せる酒はないんだ」

 その言葉に、耳一つも貸そうとせず、

「それにあんた、今日は仕事が――」

 それどころか、男は隣の客のジョッキをわしづかみにした。

 頼んだばかりだったのか酒はいっぱいにつがれており、ジョッキの中で荒波をあげた。

 そして男はその酒を一気に胃の中に流し込む。

 店主は止める間もなかった。


「! ……なんて、こった」

 止めようとはしたが、万が一の事があれば自分も咎められるかもしれない。

 店主は絶望を顔に滲ませ、肩を落とす。

 店内中が一層ざわざわとした空気で溢れる。

 おろおろと同様する客、こっそりと逃げ出してしまう客も中にはいたようだ。


「こんな日に飲まずにいられるかよ!」

 大斧を背負った男のその顔は、見る見るうちに赤くなる。

 勢いよく立ち上がる男。

 勢い余ったのか同時にバランスを崩し、倒れた。

 斧は大男の背中の下敷きだ。


 その見た目に反して、酒にはめっぽう弱かったのだろう。幸せそうに眠り始めた。

「……おいおい。弱いのにあんな飲み方したのか……?」

 にしても困ったな……。

 と顎の無精ひげを触りながら、呆れた顔の店主は男の始末に頭を悩ませていた。





 城下町の人通りの少ない路地にいるのは、銀の瞳の男。

 その瞳の他は、ほぼ全てが黒い布によって覆われている。

 どこからどう見ても怪しい、まるで黒魔術師でもあるかのようなその人物。

 黒いフードをかぶり、口元は黒いマスクで覆われている。

 その背には鈍色の大鎌。

 この男こそ死神というのに相応しいかもしれない。

 銀の左目の下には十字傷、そして黒服の肩に十字架の描かれた腕章がはめられている。

 かろうじて覗いているような銀の髪と瞳、隠れた口元は微動だにしない。

 まるで人形であるかのように精巧な顔立ちの、虚ろな瞳は常に闇を携えていた。


 そこへ、男がもう一人。

「どうやら、今日の処刑は君が適任のようだね」

 いやらしげな笑みを浮かべ、何処からか気配もなく現れた。

「“彼女”の命は君に任せたよ。ハロルド・ウィン」

 その言葉を受け、ハロルドとよばれた男は胸に手を当てお辞儀をした。

「イエス。影の賢者≪ワイズマン≫。仰せのままに」

 その表情は、未来永劫溶けることのない氷のように、微塵も動かなかった。



――



 音楽隊がファンファーレを奏で、民に不吉な時刻を知らせる。

 それを遠くで聞いた人々の大半が眉間にしわを寄せ、その場で俯くと耳を塞いだ。

 子供がいる者は我が子を抱きしめる者もいた。



「うわああああ! いやだ! 死ぬのはいやだああああ!」

 断頭台に響くのは、悲痛な叫び声。


 後ろに両手を縛られた男。

 左右の兵士が死刑囚の腕を掴んだまま、力ずくでその場に跪かせる。

 首を木の枠に固定させられた。


「助けてくれ、助けてくれ……」

 男は涙ながらに声を振り絞るが、それで赦そうという者はこの場にはいない。

 男は一体何の罪を犯したというのか。


 そしてその首は一瞬のうちに切り落とされた。

 残された体はだらりと地に堕ち、抵抗をやめる。


 木の床にごろりと転がる首。

 その目は目玉が飛び出す程に見開いており、口は何かを訴えるかのように動いているが、暫くすると薄ら笑みを浮かべながら動くのをやめた。

 






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