腕相撲

カニ太郎

第1話腕相撲


《腕相撲》


私は今猛烈に後悔している。


何を後悔しているのかというと、話せば長くなるのだが・・・

まあ、こういうことだ。

子供の頃、私はヤンチャだった。

父はよく母と喧嘩しては私を叱った。

妹が泣いていたらわけも聞かず私を叱った。

私はこんな理不尽な家庭で育った。


父は私を叱るとき、容赦なく拳で殴った。

ほぼ毎日のように殴られた。

学校で私が虐待を受けているのではないかと心配してくれる先生は皆無だった。

むしろ瘤の上からさらに小突かれた。

それもこれも、父母が先生方に「遠慮なくぶってください」とお願いしていたからだ。

そのせいで私は人の倍殴られて育った。


ちょうどその頃、父は何かにつけて私に腕相撲の相手をさせていた。

父は小さな自動車工場の社長をしていた。

元暴走族で昔は相当な悪だったらしい、腕っぷしは強くその二の腕は丸太のように太かった。

父は毎夜晩酌していた。

機嫌が良くなると私を呼んで腕相撲の相手をさせた。

当然、私は勝てるわけもなく必死になって負けまいとあがいた。

その頃は両手を使っても良かったが、それでもかなわなかった。

父はあがいている私の姿を見ながら晩酌するのが好きだったようだ。


中学の頃、私は両手で初めて父に勝った。

すると翌日から両手は禁止になった。

その頃から父の勝ち方には容赦がなくなった。

私の腕を力任せに叩きつけ、これでもかというほど痛め付けるようになった。

手が痛くてヒーヒーいっている私を見ながら晩酌するのが好きだったようだ。


そして私は高校生になった。

私は中学の頃から野球が大好きで部活では2年生から4番を打っていた。

学業の成績も良かったせいで有名校に推薦入学することができた。

その高校は甲子園の常連で野球部は花形だった、しかしその分練習はきつく地獄のようなしごきもあった。

100人近くいた新入部員はその年の夏には1/10になっていた。

しかし私はこの家庭環境で育ったせいか、まったく辛いとは感じなかった、日増しに逞しくなっていった私は体格では父にひけをとらなくなった。


昨日、私は初めて腕相撲で父に勝った。

なんともいえない気持ちがした。

嬉しいくせに泣きたくなるような感情が湧きあがった。

なぜか胸が締め付けられた。

勝負に破れた父は黙って酒を飲み続けた。

時折肘を痛がって揉む姿が痛々しかった。

私は自分の部屋に戻り勉強した。

するとどういうわけか徐々に喜びが込み上げてきた。

自然にほほが緩んだ。


そして今日。

私が学校から帰ると父は仕事仲間と飲んでいた。

一緒に夕食をとって色々話を聞くと、その方は純平さんといって父の幼馴染みだった。

今は運送会社の社長さんで多くの従業員を使っているらしい。

運送業というものは力仕事で、純平んさんは筋骨粒々の体をしていた。

なんでも学年が一つ下で昔からつるんでいたらしい。

暴走族では父が総長で純平さんは特攻隊長だったそうだ。

鬼の純平と県下では恐れられていたと自分で自慢していた。


やがて夕食も終わり酒が入った。

顔も赤らんできた父はテレビを見ていた私に「今から純平と腕相撲してみろ」と言った。

純平おじさんは、もうその気になってテーブルを片付けだしている。

断るわけにはいかなくなって私と純平おじさんは腕を組んだ。

純平おじさんの腕は桁違いに分厚かった。

動く気がしなかった。

私はその腕でしこたまテーブルに叩きつけられた。

私が負かされると父はケタケタと笑い出した。

何がそんなに嬉しいのか、腹を抱えて笑い出した。

「わかったか、俺に勝ったからって調子に乗るなよ、上には上がおるんじゃ、自分が一番強いなんて思うなよ、まだまだ凄いのが仰山おるんじゃけーのぉ、まあ昔の俺はそんなかで一番強かったけどな、ガ、ハ、ハ」

父はクドクド、クドクド、何回も私に言い聞かせた。

大人気ない… … …最低の奴だ……… 。

私は、昨日、父に同情したことを、しこたま後悔した。

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