ディープ・アリア
@writer_AZ
第1話 プロローグ
俺は小説家になりたいから、文章中では句読点を使うと心に決めている。−−たとえ、大学の講義のレポートであろうと。
「えー、今回の宿題レポート、内容は悪くないのですが、なんというかな、みなさんもう大学2年でしょう? レポートの書き方くらい、もう言われなくてもきっちりチェックして、その上で提出しましょうね。−−まったく、いるんですよねぇ未だに。理系の大学なんだからさあ、レポート内で使うのは句読点じゃなくて、カンマ・ピリオドでしょう」
そういって、教養科目である倫理Iの講師・笹川はわざとらしくレポートの束を教壇の上で
「仕方ないですねぇ。−−
笹川はため息をわざとらしく吐く。こういう嫌な奴だから、この講義は人気がないのだ。わざわざAPIの説明なんてしなくても、一瞬で終わるのに。
「分かりますかあ? 分かりますよねぇ。これくらい、自分でやらないと研究室でやってけませんよお?−−
その瞬間、笹川の喉元のRADが赤く光る。−−こいつ、やっぱ老害だ。デフォルトの点滅設定を解除していない。
「−−『Punctuation Conversion』!」
その瞬間,句読点がカンマ・ピリオドへと姿を変えはじめる.笹川の手元にあるレポートの束が白い輝きに包まれた.--対象の文章の句読点をカンマ・ピリオドに変換するWAPIだ.あのレポートの束の中にある俺のレポートも,文章はそのままに,句読点だけがすべてカンマ・ピリオドに書き換わっているはずだ.ランクはコモンだから,誰でも使えるわけだけど,でも別に句読点もカンマ・ピリオドもどっちだっていいはずで,わざわざそんなことを俺も蓋止先輩も,教室内の受講者の大部分(といっても俺と蓋止先輩を合わせても7人しかいない)も気にしない.そんなことを気にするのは,笹川と一部の理系の気持ち悪い連中だ.その後も笹川は提出されたレポートの文章について,ネチネチと言っていたが,俺は聞き流して机の影に隠れるようにして,文庫本を読むことにした.紙の,それも縦書きの文庫本だ.電子書籍ばかりの世の中だけど,やはり紙の文庫本が俺の原点だし,原点が自分の手の中にあるということがいい.電子書籍は汚れない,破けない.一方で,俺の手の中にある文庫本は汚れるし,ページが一部ささくれている.だが,それでいいし,それがいい.原点は,汚れても破れても自分の手元に自分だけの原点があってほしい.それに縦書きがいい.原点は縦書き・句読点の文章だ.
そんなポエミーな取り留めのないことを,俺は暑い教室の後方,硬い木の机と椅子の上で考えていた.
−−仮に,この世界が横書きで,カンマ・ピリオドが標準の世界であっても.
俺は,縦書きと句読点が好きだから,これからも死ぬまで縦書きで紙でレポートを出す.そして,データファイルじゃなくて手書き原稿を提出するような,そんな小説家に俺はなる!
「あとぉ,いい加減にしてくれませんかねぇ.学籍番号212567,
−−たとえ,大学の講義で名指しで注意されたとしても!
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