第31話『里中ミッション・3』

妹が憎たらしいのには訳がある・31

『里中ミッション・3』    




 俺の脳みそとねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。


「大阪城の天守閣って、鉄筋コンクリートなんだよね」

 まずは、小学生レベルの話題で拓磨の自尊心をくすぐる。

「ああ、そうや。昭和の6年に市民の寄付金で再建されたんや。150万円の寄付が集まったんやけど、5万円はうちのひいひい祖父ちゃんが寄付しよったんや」

 拓磨は単純にのってきた。

「すごい、再建費用の5%だね!」

「ハハ……ねねは、数学弱いんだな」

「どうして?」

 拓磨は、アイスクリームを買いながら計算していた。

「150万円のうちの5万円なら、3・3%じゃん。ほら」

 アイスをくれた。

「このアイスいくら?」

「いいよ、こんなのオゴリの内にも入らへん」

「いいから、いくら?」

「うん、300円やけど」

「150円が儲けで、120円がアイス。30円がカップかな」

「なんや、原価計算か?」

「天守閣は50万円しか掛かってないんだよ。このアイスのカップみたいなもの」

「え……ほんなら残りの100万円は?」

「公園の整備費が20万円。残りは後ろの三階建て?」

「なんや、この地味なテーマパークのお城みたいなんは?」

「陸軍の師団司令部」

「こんなもんに金使うたんか!?」

「ここ軍用地だもん。バーター交換」

「せやけど、80万はエグイで。半分以上やないか」

「でも、それは大阪市民には内緒だったんだよ」

「それは、ひどい!」

「その提案したの、市会議員やってた拓磨のひいひい祖父ちゃんよ」

「うそ……!」

「『軍の要求分は、われわれ産業人で持ちましょ。市民からの寄付は、全て天守閣の再建に当てる』そう言って市議会の賛同を得たんだって」

 話題の効果か、拓磨はカップの先まで食べてしまった。

「うん、確かに、このアイスはカップまでおいしいなあ」

「そういう心意気と思いやりが、拓磨の血にも流れてるといいわね」

「そら、オレかて青木の跡取りやさかいな、高潔な血が流れてるんや」


 この話で通じるようなら、これで許してやってもいいと思った。


 天守閣横の石垣のベンチに並んで腰掛けた。


 目の前は膝の高さの石垣があり、それを超えると、15メートルほど下に西の丸公園が広がっている。旅行者とおぼしき家族連れが八割、残り二割がアベック。中には熱烈に身を寄せ合っているアベックもいる。どうも、拓磨は、その少数のアベックに触発され、気づいたばかりの高潔な血など、どこかへ吹き飛ばしてまったよう。


 目の輝きは、西空のお日さまの照り返しばかりではないようだ。

 ソヨソヨと拓磨の腕が、わたしの背中に回り始めた。肩を抱かれる寸前に、わたしは目の前の石垣にヒョイと飛び移った。



「うわー、気っ持ちいい!」

 わたしは、その場で軽くジャンプして拓磨の方を見た。勢いでスカートが翻り、太ももが顕わになった。

「危ない!」

 ラッキースケベと感じた拓磨は生唾を飲み込んだ。恐怖半分、スケベエ根性半分と言ったところ。

「拓磨も、こっちおいでよ」

「いや、おれは……」

「な~んだ。わたしのこと好きなのかと思ってたのに」

「え……分かってくれてたんか?」

「もろわかり。車のCPに細工して、わたしを怪しげなとこに連れていこうとしたのは、いただけないけどね」

「かんにん、そやけど……」

「そこまで好きなら、ここにおいでよ」

 拓磨は、へっぴり腰で石垣の上に上がってきた。

「こ、これでええか……?」

「拓磨、初めて地下鉄のところで会ったときのこと覚えてる?」

「あ、ああ。忘れるもんかいな!」

「ほんと?」

「ああ、運命の出会いやったさかいな」

「じゃ、あのときの、やって見せてよ」

「え……なにを?」

「狭い歩道で、バク転やってくれたじゃん」

「え……こ、ここで!?」

「そう。愛のあかしに……拓磨の気持ちが愛と呼べるならね」

 拓磨は、半べそをかいていた。

「わたし、フィギアスケートやってんの。さすがにトリプルアクセルは無理だけど、二回転ジャンプしてみせる。拓磨は、それに続いて」

 わたしは、きれいに二回転ジャンプをやってみせた。派手にスカートが翻り、真下の拓馬には脚の付け根まで見えたかもしれない。まわりの旅行客の人たちが拍手をしてくれている。


 さあ、勝負はここから……。


「おい、ニイチャン、自分も決めたらんかい!」

「せやせや!」

 オーディエンスから野次が飛ぶ。

「み、見とけよ……えい!」

 予想外に、拓磨はやる気になった。しかし、力みかえり過ぎてバランスを崩し、石垣を転げ落ちた。

 すかさず、わたしもジャンプした。拓磨の腕を掴み、もう片方の手で石垣の隙間に手を掛けた。

「不器用だけど、とことん気持ちは歪んでないみたいね。オトモダチならなってあげる。それ以上はゴメンよ」

「ねねちゃん……」

「あとは自分の力で、なんとかしなさい。手を離すわよ、ボクちゃん……」

「た、た……」

 助けての言葉を言い切るころに、拓磨は尻餅をついていた。なんたって、拓磨の足と地面は5センチもなかった。

「じゃ、今日はこれで、オトモダチの拓磨クン」

 わたしは、ヒラリと降りて、西の丸公園の外へと出て行った。


――ミッション、コンプリート!――


 里中さんの声が頭の中で聞こえて、わたし……俺は自分の体に戻った。

「思ったより、君とねねの相性はいいようだ。また、なにかあったら頼むよ」

「で、今日の俺の一日は、どうなるんですか?」

「病院に行ったことにしておいたよ。お腹痛でね」

「えーー! ボク皆勤なんですよ。せめて公欠に……」

「すまん、そういうコダワリは嫌いじゃないぜ。じゃ、伝染病かなにかに……」

「そんなの、あと何日も学校に行けないじゃないっすか!」


 で、次ぎに気が付いたら、俺は自分のベッドにいた。


「グノーシスも、甲殻機動隊も大嫌いだ!」


 半日のうっ憤を叫んでしまった。


 幸子が半開きのドアから顔を出して無機質に言う。


「近所迷惑なんだけど……お兄ちゃん」



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