第30話『里中ミッション・2』

妹が憎たらしいのには訳がある・30

『里中ミッション・2』    



 ターゲットは帰り道の横断歩道にいた……。


 それまで圧縮されていた情報がいっぺんに解凍された。

 横断歩道の信号機に半身を預けて気障ったらしく(俺の感性では、そう見えた)立っているのは、このところしつこく、ねねちゃんに言い寄って来ている大阪修学院高校二年生。


――青木拓磨――


 草食を装った肉食男子。


 姿勢が、いつも左右非対称。自分をかっこよく見せる演出以外に、狙った女の子が逃げられない位置を確保するための準備姿勢でもある。

 大阪市内にいくつもビルを持っている『青木ビル』社長の次男。凡庸な兄を幼稚園のころには追い抜き、『青木ビル』の後継者は自分であると思っている。

 修学院とフェリペは最寄りの駅がいっしょで、入学早々から拓磨はねねちゃんに目を付けている。

 ねねちゃんは、自分や周囲の人間に危機が迫らない限り、人を拒絶しないようにプログラムされている。

 だから、拒絶しないまま、ここまで来てしまった感があって、拓磨は――ねねはオレのもんだ――と、思いこんでいる。


――こいつを、どうにかしてくれということですね――

――そいつは、今日ねねをモノにしようとしている――

――それって…………――

――ねねは義体だ。肌を接すれば分かってしまう――

――ねねちゃんの生体部分は、人間と変わりません。幸子で慣れてますけど、並の人間じゃ区別つきませんよ――

――万が一ということがあるだろう!――

――フフ、里中さんが、ねねちゃんに愛情もってくれていて、嬉しいですよ――

――これはあくまで!――

――わたしも、こんな奴に……まかしといて――


 

「なにか考え事してた?」

「ううん、拓磨の印象を思い出してたの」

「嬉しいね、ボクのこと、初めて拓磨て呼んでくれたね」

「ちょっとした気分転換。あの車ね?」

 駅の入り口から百メートルほど離れたところに、後ろ半分スモークガラスになったセダンが止まっていた。

「先に乗っといて。駅の裏側で、オレ乗るから」


 わたしは、車に乗ると、車のCPにリンクした。


「例の場所に……チ、返事なしかよ」

「車も、気を遣ってるのよ」

「そ、そうかな。まあ、アズマの最新型だからな」

 さりげなく拓磨の手が膝に伸びてきた。わたしは偶然を装って、重いカバンを思い切り拓磨の手の上に載せ、可愛く窓の外を見た。

「わあ、阿倍野ハルカスの改修工事始まるんだ!」

「あ、ああ、もう完成から三十年やからな……」

「どうしたの、その手?」

「いや……」

「あ、ごめん。わたしカバン置いたから、下敷きになっっちゃったか……カバンの底の金具が壊れてるんだ(直前に壊しといたんだけど)血が出てきちゃったわね。ちょっと待ってて」


 わたしは、ティッシュで血を拭き、バンドエイドをしてやる。髪の香りが拓磨の鼻を通って高慢だけど、薄っぺらい脳みそを刺激する。車に急ハンドルを切らせた。拓磨が吹っ飛んできて、わたしの体に覆い被さってきた。バンドエイドをしてやったばかりの右手が、わたしの胸を掴んでいる。


「なに、すんのよ、どさくさに紛れて!」

「ご、ごめん、そういうつもりじゃ……」


 機先は制した。そして、車は目的地に着いた。


「え、大阪城公園……なんでや?」

「わたしがお願いしたの」

『雰囲気作りを優先しました』

 車のCPが仕込んだとおりの返事をした。

「そ、そうか、さすがアズマの最新型、まずは雰囲気、よう分かってるやんけ」

「まずは……て?」

「いや、アズマの言い間違い。若者は、まず、明るい日差しの下におらんとなあ……!」

 拓磨は健康的に伸びをした。わたしも一応付き合ってやった。


 俺の脳みそと、ねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。



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