第6話『過剰適応』
妹が憎たらしいのには訳がある・6
『過剰適応』
見てはいけないようなものを見たような気がした。
幸子は、たった十五分でアコギをマスターし、いきものがかりのヒットソングを、ケイオンの女ボス加藤先輩よりも、はるかに上手く唄っている。
加藤先輩はおおらかな人柄で、自分よりうまい幸子に嫉妬などせずに、素直にその上手さに感心して、バックでベースギターを弾いて合わせた。他のメンバーも加わり、まるで視聴覚教室はライブのようになっている。
俺は、いたたまれなくなって、そっと視聴覚教室を出て、そのまま下足室に向かった。
「おい、なんかケイオンが、ライブやってるらしいで!」
「ほんまや、チーコがメール送ってきよった」
「なんや、すごい子が……」
「行ってみよか!」
そんな言葉を背中で聞きながら、俺は靴に履きかえ、家に帰った。
「「おかえり」」
親父と、お袋の声がハモって出迎える。
「早いんだね」
「ああ、今日は出張だったんで、出先から直帰してきた」
「幸子といっしょに帰ってくるかと思ったのに」
「幸子なら、学校で人気者になっちゃって、ケイオンのみんなに掴まってるってか……掴まえてるってか」
俺は、学校でのあらましを話した。
「そう、あの子は熱中すると、のめり込んでしまうからね」
「いや、そんなレベルじゃないよ」
「幸子、わたし達が別れてから、お兄ちゃんに会いたいって、ファイナルファンタジーにのめり込んで、一月で、コンプリートしたのよ」
俺は、再会した日のメモリーカードを思い出した。
――コンプリートして、ハッピーエンド出したよ!――
「それから、いろんなものに熱中するようになったわ。ゲームから始まって勉強まで。それで成績トップクラス。だから、まだ三学期が残ってるのに引っ越しもできたんだけどね」
「部活は?」
「最初は、書道部やってたんだけど、中一で辞めちゃった……」
そう言って、お袋は、一枚の作品を持ってきた。
「これが、一枚だけ残ってる作品。あとは、幸子、みんなシュレッダーにかけちゃった」
「すごいよ、これ……」
素人の俺が見てもスゴイできだった。
「都の書道展で、金賞とったのよ」
「どうして……」
「上手いけど、個性が無いって。投げ出しちゃった」
「幸子は個性にひどくこだわるんだ……」
俺たち親子は、幸子の「天衣無縫」と書かれた作品をしばらく見続けた。
どのくらい見続けていたんだろう。自転車の急ブレ-キとインタホンの音で我に返った。
――向かいの佳子です。幸子ちゃんが駅前で!――
「どうしたの、幸子が!?」
すぐにお母さんが、ドアを開ける。佳子ちゃんが、転がり込んできた。
「実は、幸子ちゃん……!」
「過剰適応だ……太一は自転車で駅前に行け、その方が早い。母さんとオレは車で行く!」
「あたしも、行きます!」
佳子ちゃんと二人、自転車で駅前に急いだ。
駅前は、佳子ちゃんが言ったように黒山の人だかりだった。人だかりの真ん中で、幸子の歌声が聞こえた。それは、視聴覚教室で聞いたときよりもさらに磨きがかかっていた。これだけの人がいるというのに、怖ろしく声が通り、ハートフルでもあった。
俺は、なんとか人並みをかき分け、幸子が見えるところまで来た。幸子はクラブで貸してもらったんだろう。練習用のアコギをかき鳴らし、完全に歌の世界に入り込み、涙さえ流しながらいきものがかりの歌を唄っていた。
「幸子、もう止せ、もういい!」
幸子を止めさせようと思ったけど、オーディエンスのみんなが寄せ付けてくれない。いら立っていると、お父さんがやってきて、幸子の耳元で何かささやいた。すると、幸子は、残りを静かに唄いきって終わった。
「どうもみなさん、ありがとうございます。もう夕方で、交通の妨げにもなりますので、これで終わります。ごめんなさいお巡りさん。じゃ、またいつか……分かってますお巡りさん。ここじゃないとこで」
警戒に立っていたお巡りさんが苦笑いをした。
人が散り始めるのを待って、親父は幸子をお袋の車に乗せようとした。
「最後の曲分かった?」
いつもの歪んだ笑顔で聞いてきた。
「ああ、いきものがかりの『ふたり』だろ」
「そう、なんかのドラマの主題曲……」
さらに冷たい声を残して、車は走り出した。
「…………あ」
「どないかした?」
ペダルに足をかけながら、佳子ちゃんが聞いてきた。
あの歌は『ぼくの妹』の主題歌だ……
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