ヴァーチャル怪談

工事帽

ヴァーチャル怪談


 これは友人の知り合いから聞いた話なんだけど、あるヴァーチャル・ユーチューバーが居たそうだ。

 ヴァーチャル・ユーチューバーってのは分かるかい? そう、3DやLive2Dのキャラクターを使ってユーチューブで動画配信をしてる人のことさ。

 配信用のキャラクターを作る手間はかかるけれど、自分の顔を出さずに配信が出来るせいなのか、それともコスプレのように違う自分になれるからなのか、結構流行はやってるみたいだね。


 流行り物は始める人が多い分、人気が出る人は少なくてね。そうでなくても一、二本だけ動画を上げて、それでお終いって人もそれなりにいる。

 まあ、当たればそれなりのお金になるんだろうけど、人気商売だからね、そのあたりは昔のアイドルと変わらない。


 ああ、ちょっと話がそれたね。


 で、そのヴァーチャル・ユーチューバーは、他の多くのヴァーチャル・ユーチューバーと同じように美少女キャラを使っていてね。

 うん、美少女キャラ。

 男性キャラもいないわけではないんだけど、美少女キャラって多いんだよ。それでね、動画を上げる頻度はそう高くなかったようだけど、話し方や、ちょっとした仕草が可愛いって、結構な人気だったそうだよ。


 人気が出てくると、悪い虫も湧いてくる。

 これも昔からよくあることだね。


 勿論、多少アンチが騒いだところで、それ以上のファンが居ればどうということはない。

 でも、その場合はちょっと違った。騒いでいたのはアンチではなくてファンのほう。そう「行き過ぎた」ってやつ。

 粘着コメントとか、他のファンへの誹謗中傷とか、随分と荒れたそうだよ。

 それでもまあ、普通はそこまで。SNSでブロックされたり、動画サイトのアカウントの凍結されたりで、相手へのアクセス自体が出来なくなるからね。


 ところで、よく個人の特定とか言うじゃない。

 ネットで変な書き込みをしたり、酷いイタズラの写真を上げたりした人が、こいつはどこに通っている誰々だ! なんてバレて退学になったり逮捕されたりするやつ。

 あれはどうやって調べているのか知らないないけれど、炎上した翌日にはもう特定されているんだから恐ろしいことだね。


 そして、悪いことをした者だけが特定されるわけでもない。


 人気者になる。有名になる。目立つことをする。

 そのヴァーチャル・ユーチューバーは、住所が特定されたそうだ。


 もちろん、ほとんどの人は住所なんて興味はない。人気があると言っても、配信する動画の人気であって、中の人には興味がないのが大半だ。少し残った気になる人だって、わざわざ訪ねて行ったりはしないさ。

 でもその住所を件の「行き過ぎた」人が目にした。


 その日、「行き過ぎた」人はSNSで犯行予告を書き込んだけど、ヴァーチャル・ユーチューバー本人も、そのファンも、随分前からその人をブロックしていたから、狙われていることも知らなかったという。

 そして事件は起こった。もっとも事件がニュースで報道されたのは翌日のこと。


「**月**日午後**時頃、マンションの一室に押し入った男が、部屋の住人である男性を刃物で殺害。犯人は殺害後も現場に留まり、笑い声を上げ続けていたとのことで、周辺住民による通報を受けた警察が逮捕しました」


 ニュース報道を見た人の大半は、「笑い声を上げ続けて」ってどんな異常者だ、としか思わなかった。でも極一部、ファンの人の中に気づいた人がいたんだ。「この住所ってあの人の住所じゃないの?」ってさ。


 それを知ったファンの人達はびっくりしたそうだよ。

 なにせ特定されていた住所での殺人事件だ。「殺されてしまったのか?」「もうあの人の配信は見れないのか?」そんな声がSNSに沢山上がった。

 そんな中、違うコメントを上げた人が居たんだ。「え?その時間って生放送を配信中だったよね」って。「確かにそうだ」「俺も見てた」そんな投稿が沢山出て来て、じゃあ違う人だったんだ、ってことで話は終わった。


 あ、そうそう、住所が特定された理由なんだけど、配信の背景に現実の部屋の映像を使っていたからだそうだよ。

 ある時の配信で、窓から工事をしているのが映っていたそうでね。工事って工事会社とか、施工主の名前とか表示する義務があるじゃない? それを見て、この工事はどこでやってるもので、こういうふうに見えるのはこの部屋だけだ、ってね。


 その後も、配信は続いてるそうだけど、事件の影響があったのか、新しい人に目が移ってきたのか、人気が下がってきているらしいよ。

 ファンだった人によると、仕草が可愛くないとか、言葉使いが悪くなったとか、まるで人が変わったようだ、ってさ。ただ、配信の背景はずっと同じ映像だったって聞くけどね。


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