平和な主夫をしたいだけ

クロケチャペ

第1話

 煉瓦の敷かれた長いメインストリート。円形の市街地の中心に位置するギルド連合協会会館を起点として、郊外へ東西南北に伸びている。

 道ばたに建ち並ぶタイルや赤レンガで作られた建築物は、中世ヨーロッパ的な雰囲気を醸し出し、遥か上の天井に輝く光の鉱石『カルペオンクリスタル』が洞穴の街を照らす光景は、さながらSFのようであった。と言っても明るいわけじゃなく、微かな月光程の光しかないのだが。

「フィルヴィル12頭狩って32万円か。それプラス『鋭硬の角』が付いてくるなら、下級上位にしてはいい報酬じゃないか?」

 上条 陽人かみじょう ようとは上級狩人である。つい五ヶ月前までは仲間達と切磋琢磨し助け合って狩りをしてきた、割とガチめに腕の立つ狩人。だが、今となっては狩りに行くことはほとんど無い。端的に言うと飽きたのである。大体のモンスターと戦ったし、ある程度装備も強いの揃っちゃったわけで、狩りに飽きたのだ。まあ、単純にめんどくさいってのもあるが。

「とりあえず、今日の晩飯はフィルヴィルの肉を使ってステーキでも作るか。」

 ステーキといっても報酬で90キロものフィルヴィルの肉を貰ってしまった。冗談じゃない。とてもじゃないけどこんなの1人では食いきれないので、友達や料理店にお預けしたのだが、それでも残った30キロ………。これ、どうしよう……。冷凍しないとぜってぇ腐るし、そもそもこんなに要らないし……。後で友人の魔法使いに頼んで、部屋丸々一つに氷結魔法でもかけてもらうか。


 真っ直ぐ大通りを進んでいくと、途端に街の景観はガラリと変わる。鉄筋コンクリートで造られたボロくさい建物がずらりと並ぶ再開発地区。郊外かつ人気のなさから、その治安の悪さは昔からお墨付きである。ホームレスだったり闇取引だったり、社会の影の部分が溢れてる場所。

「うちにはあんた達にやる食べ物はないんだよ!!さっさとおうちに帰りな!!」

 怒号と共に勢い良く扉が閉じられる音が響く。薄汚れたワンピースを着た2人の少女が、木製のドアの前に立っていた。まだまだ全然幼い、齢10歳くらいの子供。白色のワンピースは土に汚れ、ボサボサになった金色の髪は長く下ろされており、前髪で顔が隠れそうだった。

 どうやら食べ物をねだっていたらしく、見た目から恐らくホームレスの子供か親のいない孤児か。

「おじちゃん…………」

「おじちゃん、ご飯ください。」

 ついに来やがった。

 痩せ細った小さな体。瞳の光はまだ残っていた。下から見上げてくる少女達を、陽人は見捨てずにはいられなかった。

「おじちゃんじゃなくて、お兄さんな。」


 脂の弾ける音。芳ばしい香りは、腹が空いてなくとも食欲を掻き立てる。切り刻んだハーブを撒いて胡椒を振りかけると、肉の旨みは更に引き立つ。

「おじちゃんお代わり!」

「お代わり!」

「お兄さんだっつってんだろ!!」

 そう言いながら、炎の上で串に刺さった肉塊を削ぎ落とすのは陽人の役割だ。

 結局あの少女2人は家に連れてきてしまった。べつにそういうアレじゃないぞ!!あくまで可愛そうだとか、助けてあげたいだとか、そういう純粋な善意から来る咄嗟の行動だったんだからな!!

 しかしながら、フィルヴィルの肉30キロをこんな形で消費することになるとは思わなんだ。流石に全部は食えないだろうが、もう既に2人だけで3キロは食ってるぞ……。一体何日口にもの入れてなかったんだ?

「おじちゃん美味しい!!」

「おいしい!」

「そうか。まだまだあるからな。腹いっぱい食べろ。それとお兄さんな。」

 この時期のフィルヴィルの肉は脂がのっていてそれはそれは絶品である。柔らかな肉質はまるで口の中で溶けていくかのようで、それはもうほっぺたが落ちそうなほど美味である。

「そう言えば2人とも。名前はなんて言うんだ?」

「私はエリカ!」

「エリナ……。」

「そうか。エリカちゃんとエリナちゃんか。」

 元気のいい子はエリカ、大人しめの子はエリナと覚えるか。どうやら双子らしい。金髪は地毛なのだろうか。だとすれば異国人か?少なくとも名前だけでは日本人かどうか判断しかねるな。

「もうお腹いっぱい……」

「満……腹……。」

「そうか。じゃあ、風呂は入ってきな。」

「「はーいっ!」」

「風呂はこっちだ。」

 面倒くさがりやの陽人はこう見えて、子供が好きな一面があったりなかったり。この先未来を担うという点から見れば、見捨てるという選択肢はないのだが。

「ねえねえおじちゃん。」

「だから……ああ、もうおじちゃんでいいよ。」

「服は?着替えの。」

「ん?ああ、そっか。」

 そう言えば、子供の服なんてねえじゃんかよ。一人暮らしだからなくて当たり前なんだけど………。

「おじちゃんので良かったら着るか?」

「…………くさそう……」

「おまえ吹っ飛ばすぞ。」

 丁度その時、玄関からゴンゴンとドアを叩く音が聞こえた。

「風呂に入ってろ。俺はちょっと行ってくるよ。」

「分かった……」

 玄関のドアを開けると、そこには厳つい黒鎧を着た女性が一人。

「はぁ……。何の用だ?」

「2人の少女が見た目30代の狩人に、手を引かれて連れていかれたという情報が入ってきてだな。」

「なんだその誘拐犯みたいな言い方は……。」

 人の噂は音速を超えるとも言ったが、流石に事実が歪曲しすぎじゃないか?もうちょっと正確なまま伝わって欲しいものだ。

「孤児だよ。双子なんだと。理由は知らんが、両親はいないっぽい。食べ物ねだって歩いてるところを保護しただけだ。それに俺は28歳だ。」

「ふーん。あんたが保護ね。随分と丸くなったもんだ。それと、28歳も30歳もあんま変わらんしょ。」

 女性の名は刀杖 芳葉とうじょう よしはという。ギルド『ダークホース』に所属している狩人上位ランカー。刻剣の二つ名を持つ。女性だからと言って舐めてると痛い目を見ることに。

「俺はあくまで善意で保護したんだ。卑しい思いなんて微塵もないぞ。」

「よく言うよ。本当は子供好きのくせに。どうせ子供が欲しくなったとかじゃないの?」

「馬鹿言え。仮にそうだとしても、お前の子供なんて作らんからな?」

「はぁ………つれないなー。昔から変わらないところもあるんだね。」

「うっせぇ。もう用は済んだだろ?早く戻ったらどうだ?」

「はいはい。じゃ、今回は身寄りのない子供を保護したということで上に報告しときますよ。」

「という事じゃなくて事実だから。そこんとこよろしく。」

 刀杖は「はいはい」と適当に返して家をあとにした。

「昔から変わらない……か。」

 そんな所もあんのかなと、陽人は深々と考えた。別に変わりたいわけでは無いのだが、昔のままではダメな気がして焦燥に駆られる。

「だめだな……これじゃ。」

「おじちゃん。」

 心を落ち着かせようとため息をついたその時、隣からエリカの声がした。

「んー?なん………だぁぁぁぁぁぁあ!?」

 疑問形でエリカの方を見た俺は、思わず今世紀最大の声量で叫び上がる。

「ば、ばばばばばばかお前!服着ろし!!」

「だって、服ないんだもん!!」

「あぁ…!ちょっと待ってろ!!」

 陽人は慌てて自室のタンスから適当に服を取り出してきた。

 ヤベーなこれ。結構大変だぞ。

 こんなにも家中を駆け回ったのは初めてであった。

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