夕食の席にて
日が傾く頃までチボー村をのんびりと散歩して、アダンの屋敷に戻ってきた僕達は夕食の席についていた。
テーブルの上には丸パン、野菜のスープと蒸し野菜のサラダに加え、メインディッシュのタータルビフテック――地球で言うところのハンバーグステーキだ――が並んでいる。なかなかに豪勢だ。
「エリク殿、村を歩いてみて、いかがでしたかな」
「もうちょっと噴火と溶岩流の影響が残っているのを想像していたんですけれど、意外に片付いてましたね」
食事をしながらにこにこと声をかけてくるアダンに、僕は素直に所感を述べた。
もっと被害が甚大で、冷えて固まった溶岩が村の中に点在している様子を想像していたのだが、溶岩は既に片づけられ、焼けた木も植林がされていた。
噴石や火山灰の被害を被った家や建物の修理も終わっていて、
僕の言葉を、アグネスカが補足する。
「表面上は確かに、冷えた溶岩は片づけられ、焼けた木は植えなおされ、家も直されているのですけれど、大地にはまだまだインゲ神の神力が充満しています。
今日一日調整の為に歩きましたが、もうあと数日は調整にかけないといけないかと思います」
「うへー、まだやらないとならないんですか、あの散歩」
まだ数日、同じように散歩をすることになる見通しを示され、アリーチェが露骨に不満の声を漏らした。
今日の散歩の時も途中からだいぶ面倒くさそうにしていて、飽きてきているのが目に見えて分かったくらいだ。不満は出るのだろう。
一緒になってテーブルを囲むジスランが、苦笑しながらアリーチェに言葉をかける。
「神獣様は退屈を嫌う性格でいらっしゃるのですね。でしたら明日は牧場の方を重点的に歩かれるのはいかがでしょう。道中で新鮮な牛乳もお出しできますよ」
「搾りたての牛乳!? あらーいいじゃないですかー。ヴァンドだと羊乳は飲めても、牛乳はなかなか飲めないんですよねー」
「牛乳」というワードに、アリーチェの耳と尻尾がぴょんと立ち上がった。表情が一気に明るくなる。
確かに、搾りたての新鮮な牛乳が飲めるのは気になるし、飲んでみたい。ヴァンドでは乳牛を育てている農家はいないので、乳成分は羊乳で賄っている。
猶更貴重な経験に心を躍らせ、瞳をキラキラさせるアリーチェに、切り分けたタータルビフテックに大口を開けてかぶりつくラファエレが不思議そうな眼をした。
『神獣人様はお散歩嫌いですか? おいらは好きですよ、お散歩』
「ラファエレは素直で純粋でいい子ですねー。私は文明の良さを知ってしまったからお散歩程度じゃ楽しめないのですよー」
「日がな一日ごろごろしてるだけじゃないですか、アリーチェは」
「柔らかなベッドとお布団は文明なんですー!」
アグネスカにジトッとした目で見つめられて突っ込みを入れられたアリーチェが、フォークを高々と振り上げた。
発言内容が完全に引きこもりのそれである。いいのだろうか、カーン神の神獣の一員として。
蒸し野菜のサラダをフォークで取りながら、アダンがからからと笑った。
「はっはっは、我が家のベッドはアリーチェ殿のお気に召しませんでしたかな」
「いえいえ、許されるならあの部屋のベッドで一日中寝ていたいくらいですよー。アグネスカさんが許してくれないから起きているだけで」
『おいらも大満足です! 村では藁のベッドに
「そういえば東の王様の村のベッドは藁製だったね。僕に宛がわれた部屋のベッドも寝心地いいですし、みんな満足していますよ、アダンさん」
アリーチェもラファエレも、それぞれの部屋で使っているベッドの寝心地に満足しているようだ。僕の言葉にアグネスカも頷いているので、全員一致で不満はない。
特にラファエレは人間式のベッドが初めてということもあり、すっかりその魅力の虜になっているらしい。
その様子を見てアダンも嬉しそうだ。もてなす側なのだからもてなされる側の僕達が満足しているのは重要なこと。至極自然な反応だ。
ちなみに部屋割りは、僕が個室、アグネスカとアリーチェが相部屋。ラファエレは使用人用の大部屋にあるベッドの一つを使っている。
僕とラファエレを相部屋にしてもよい、と主張はしたのだが、使徒に個室を割り当てないわけにはいかない、と断られてしまったのだ。
「それは何よりです。まだまだこちらの屋敷で寝起きしていただくことになるでしょうから、不満点がありましたらいつでもお申し付けください」
「不満点なんてそんな。使用人の皆さんも気を使ってくれていますし、服もお借りしてしまって……」
「ご飯も美味しいですしねー。さすがあんなに広大な牧場があるだけのことはあります」
「このタータルビフテックも非常に美味です。素晴らしい」
アダンの言葉に、僕もアグネスカもアリーチェも、揃ってアダンと屋敷、そしてチボー村を褒める言葉を述べた。
お世辞に聞こえるかもしれないが、本心からの言葉である。
僕達三人に続いて、ぺろりと食事を完食したラファエレが満面の笑顔で口を開いた。
『こんなに美味しいお肉が食べられるなら、ここに住んでしまってもいいくらいに思っています! ……ふわぁぁぁ』
いつものようにベスティア語でそう発言したラファエレが、大きな欠伸をこぼした。フォークとナイフを手に持ったままで、ぐっと身体を伸ばす。
突然の大欠伸に、僕は怪訝な表情を向けた。
「どうしたのラファエレ、欠伸なんてして」
『お腹いっぱいになったからでしょうか、なんだか急に眠く……』
フォークとナイフをテーブルに置いて目をこするラファエレ。その瞼は既に重く、とろんとした目つきをしている。随分と眠そうだ。
僕は思わず席を立ってラファエレの肩に手を置いた。
「大丈夫? 部屋まで……」
「あぁ、エリク殿はお気になさらず。使用人に部屋まで運ばせましょう……おい」
「はいっ」
アダンが食堂の後方に控えていた使用人の男性に声をかけると、返事を返した犬の
彼は既に眠りに落ちつつあるラファエレの肩を担ぐと、僕に一礼してそのまま食堂を出ていった。恐らくそのまま、使用人部屋のベッドに寝かされるのであろう。
僕が再び席に着いたのを確認して、アリーチェが野菜スープを飲みこんで口を開いた。
「それにしてもラファエレ、「ここに住んでもいいくらい」だなんて……やっぱり、あれだけ広い農場があるから気に入ったんですかねー」
「それはあるかもね、ミオレーツ山の村よりはどこの畑も規模が大きいし」
「彼がそう言っていたんですか?」
僕とアリーチェの会話を聞いたアダンが、不思議そうに言葉を挟んでくる。それに僕はこくりと頷いた。
「はい。当人曰く、牛肉の美味しさに惹かれているようではありましたけれど」
「はっはっは、やはり
「ミオレーツ山の
「自分たちで小麦を育ててパンを焼いたり、野菜も畑で育てたりしていますしねぇ」
僕とアリーチェの言葉を受けて、アダンはなんとも嬉しそうに
杯に一つ口を付けて中の酒を含みつつ、口元に笑みを浮かべて彼は話す。
「案外、村に馴染んでくれるかもしれませんなぁ。ささ、食事の続きとまいりましょう」
にこやかに笑みを浮かべるアダンの言葉を受けて、僕達は再びナイフとフォークを動かした。
そうしてお腹いっぱいに夕食を堪能した僕達は、明日からの仕事に向けて、ゆったりと身体を休めるのであった。
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