夜闇の呪い
再び視界が黒に覆われたところで、トランクィロがぽつりと声を発した。
「今のは……まさか、『
「察しがいいな、
信じられないものを見たかのような口ぶりのトランクィロに、
聞き慣れない、耳慣れない言語だ。なんとも不吉な香りのするその言葉を、繰り返すように僕も口にした。
「
「邪神が扱う『
呪われた奴は光の下を歩くと、全身を激痛が苛むようになる。苦痛から逃れられるのは、こうして真っ暗闇の中にいる間だけ……外を出歩けるのは朔の日の夜くらいになっちまう」
解説してくれた声はトランクィロのものだ。
光の下を歩けなくなる呪い。光に照らされると激痛が身体を襲う呪い。それは確かに、非常に性質が悪い。効果が強いのだから猶更だ。
その恐ろしさを実感した僕が、前方にいる
「それじゃあ、さっき
「そうだ。あの光さえも我が
そして、この呪いが恐ろしいのはそれだけではない。小僧、我の傍に寄れ」
そう言いながら、
彼の言葉に従って手探りでその前脚の傍まで寄ると、僕はあることに気が付いた。
肌が何やら、チリチリと針でつつかれるような刺激を受けている。傍らの
「肌を絶えず突かれる感覚が分かるだろう。これがこの洞窟に山に生きる者を寄せ付けなかった理由だ。
「なるほど……先程から感じる妙な圧力と、肌を刺すような力はそれか」
ヴィルジールが僕の後方に下がりながら、その銀色の身体をぶるりと震わせる。それと共に、長い尻尾がふさりと揺れた。
僕は改めて、僕の前で闇の中に身を横たえる
僕に、何とかできるのだろうか。自信が持てないままに、隣に立つ
「これを……僕に、どうにかしてほしい、ということですか?」
「邪神といえども神は神。神の呪いは、
小僧が年若いのも、使徒としての力に目覚めたばかりなのも分かっている。だが、他に頼れる相手がおらんのだ」
そこまで言うと
少し距離を取ったことで、暗い中でもしっかりと、金色の瞳が僕を見つめているのが分かった。荘厳で、力強い眼差しが僕を射た。
そしてその目がすっと伏せられる。
「重荷を背負わせることを、平に容赦を願う、エリク・ダヴィド。
我が
そう、絞り出すように言ってから、
目の前で僕に頭を下げる、体長
僕の使徒としての力に呼応してか、
その光を見ていると、何故だろう、僕にも出来ることはある、という思いが心の底から湧き上がってきた。この神獣の兄妹の力になれることが、きっとあると。
「わかった……やってみます」
「……恩に着る」
改めて頭を下げる
やると決めたなら、もう躊躇している場合ではない。
「東の王様。水を入れられる器を持ってきてもらえますか。真ん丸な奴がいいです。それと硬筆も」
「分かった、持ってこよう」
ヴィルジールへお願いすると、彼はすぐさま洞窟の外へと駆けて行った。
その次に僕が目を向けたのは、その隣に立っていたトランクィロだ。すぐさま呪いの正体を見破った彼なら、と期待を込めつつ問いかける。
「西の王様。『
「そうだな……俺も昔に専門書で読んだことがある程度だが。
『
呪われた者は身体のどこか――大概は首に、真っ黒な紋様が浮かぶ。その紋様がある程度の休眠期間を経た後に、ぶわっと広がって身体を覆いつくすんだ。そうしてから呪いの「光に当たると激痛が走る」効果が出始める。
呪いの対処方法は光に当たらないことだが、身体を覆いつくす呪いを
「ありがとうございます」
予想していた以上に詳細な回答に、僕は驚きに目を見張りながらも礼を述べた。
さて、残る一人だ。僕は身体の向きも変えて、アルノー先生の正面に立って口を開いた。
「アルノー先生。サバイバル実習の期間はまだありますけれど……
「言われるまでもねぇ。守護者のお二人にも話を通してこい」
「……はい」
間を置かずに頷いたアルノー先生に、僕はしっかりと頭を下げた。
程なくして洞窟の入り口から、ヴィルジールが木製の盥と硬筆を手に戻ってくる。僕はそれらを受け取ると、作業のために洞窟の入り口の方へと足を向けた。
地面を蹴る前に、その場にいる三人と一柱に向けて一言を残す。
「すみません皆さん、そんなに時間はかけませんので! ちょっとの間、お待ちください!」
「おう! 頼むぞエリク!」
アルノー先生の言葉に背中を押されるようにして、僕は改めて、転移陣を描くために駆け出したのだった。
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