魔人族

 翌々日。ようやく晴れ間の覗いた空から、柔らかな陽光が森の木々の合間を通ってミオレーツ山を照らす。

 僕は人間の姿でイヴァノエ、アリーチオと並んで森の中を歩いていた。僕の後ろからぴょこぴょことピーノ、ボーナ、カストの三匹のウサギラパンたちも付いてくる。

 人間の姿で森を歩いているのは、イヴァノエからきつく言われたからだ。僕はループウサギラパンの姿にしか変身できない。いずれもイヴァノエのお父さんに会うには不適だということだ。


『思っていたより雨が長続きしなくてよかったっすね』

『僕達、こっちの方には来たことないやー』

『油断してんじゃねぇぞアリーチオ、お前らも。ヴィルジールの野郎だって、この晴れ間に動き出してるかも知れねぇんだからな』


 木の葉から垂れた雫が太陽の光を反射するのを、目を細めながら眺めるアリーチオと、左右にぴょんぴょんとジグザグに跳ねながら進むカストに、イヴァノエがチラリと鋭い視線を投げた。

 そんな魔物たちと獣たちの声を聞きながら僕は、だんだんと濃くなる緑の香りを感じながら口を開いた。


「それにしても、お父さんの所にいきなり行っちゃって大丈夫なの?」

『あぁ、その辺りは心配要らねぇよ。俺が一緒についてるから身元は保証できるしな。

 それと、あー……使徒サマ、ちょっとここら30メートル10メテロくらいを、生命探知してみな』

「えっ……?」


 不意に足を止めたイヴァノエが、僕の方に顔を向けた。その口元に笑みが浮かんでいる。

 何の意図があるのか掴めないまま、僕は静かに目を閉じて地面を踏みしめた。


「(生命よ我が声に応えよアニマルエコー!)」


 脳内で文句を唱えると同時に、拡大していく僕の意識。範囲はイヴァノエが提示した半径30メートル10メテロ。勿論、この範囲の中は鳥や獣が数多く棲んでいる。反応もたくさんだ。

 だが、せわしなく動き回る反応の中で、何点か微動だにしない反応があった。地中の反応かと思ったが、逆だ。これらの反応はいずれも上部、樹上にいるらしい。

 目を開いて上を見上げ、反応のあった辺りを目で追う。するとちらりと、茶色の毛皮が見えた気がした。僕の視線を敏感に感じ取ったか、するりと滑らかな動きで別の枝へと移っていく。


「今のは……」

『斥候だ。親父が山の中に放った、な。ああして樹上を移動しては、山の情報を集めて回っている。

 畜生め、ルーポは木の上には登れないし、狼人ウルフマンは図体がデカいから俺達のように素早く木の上で動けねぇ。だから森の中は俺達のフィールドなわけよ。

 使徒サマが山ん中に入って来たその日の夜に、俺が襲撃をかけに来たのも、半分は・・・あいつらの連絡のおかげだな』


 イヴァノエの自信に満ちた言葉に、僕は小さく首を傾げた。

 確かに、僕は山に入ったその日にイヴァノエに襲われた。ほぼ半日の間にそこまで情報が行き渡るのなら、かなり優秀な情報網が築かれているのだろう。そこはいい。

 なら、イヴァノエの言う半分・・とは?


「イヴァノエ、半分はってことは、もう半分は?」

『あ? あぁ、親父からのタレコミ・・・・だよ。どっかから聞きつけて俺に調査と襲撃を命じたって寸法だ。

 ま、こうしてすっかり懐柔されちまったわけなんだがなー。畜生め、俺、帰ったらどやされるかもしんねぇなー』


 そうからからと笑いながら、イヴァノエは再び歩き出した。

 なんともわざとらしい振る舞いに、傾げた首を更に傾ける僕。そんな僕の耳元に、アリーチオが小さく耳打ちしてきた。


『王様、気のいい人なんすけど、結構厳しいんっす。あと、王様の傍についてる老人方が、結構頑固なんすよねー』

『おい、使徒サマもアリーチオも、なにぼさっとしてやがる! もう俺達が来てることは察知されてんだぞ、遅れんな、畜生め!』


 立ち止まったままだった僕とアリーチオを、数歩歩いた先でイヴァノエがどやしつけた。慌てて駆け寄った僕達に、イヴァノエがくいと顎を上げる。

 前方、森の木々の隙間に、陽に照らされて明るくなった場所があるのが見えた。


『ほら、もう見えてきたぞ。あそこが俺達イタチドンノラの本拠地、『西の王』の城だ』


 そのままずんずんと進むイヴァノエの後について、歩を進める僕達。ごくりと唾を飲み込む音が、いやに大きく耳に残った。

 そして木々の間を通り抜け、開けた空間へと踏み出す。そこで沢山のイタチウェッセルが僕達を待っていたのだった。




 草が踏み固められた広場に踏み込むや、僕に突き刺さる視線、視線、視線。総勢50匹はいようかというイタチウェッセル達が僕を見ていた。

 僕の後ろでウサギラパン達が身を寄せ合って小さく縮こまる。僕はそっとしゃがみ込んで彼ら三匹をそっと抱きかかえると、自分の前に抱くようにしながら足を踏み出した。

 足を踏み出す度に、乾いた草を踏むカサッという音が足元から生じる。僕の後から同様に鳴る乾いた音。アリーチオが僕の後ろにつくようにして付いてきている。

 まるで物語の中で出てくる王様への謁見の時のように、顔を見合わせるように道を作るイタチウェッセル達の間を通って、僕はその人・・・の前に立った。


「(このが、『西の王』……?)」


 僕は、目の前におわす人物の姿に、隠しきれない内心の驚きを顔に出さないように唇をきゅっと噛んだ。

 イヴァノエが2メートル弱6メテという巨体を誇る大イタチギガントウィーゼルだから、それよりも体格の大きい、3メートル1メテロはある巨大な姿を想像していたのだが。

 僕の目の前に立つ「」は、彼の隣に立ってこちらを見るイヴァノエよりも二回りは小さい。身長は1メートル半5メテというところだろうか。

 「王」はその後ろ足で地面を踏みしめ、背筋をまっすぐと伸ばして。その鋭く黒い双眸を僕にまっすぐと向けて立っていた・・・・・

 そして。


「……お前が、エリク・ダヴィドだな?」


人の言葉・・・・で、訛りのないルピア語で、僕に語ってみせるのだった。


「はい、そうです……あの、王様は、魔人族ジアブレなのですか?」

「あぁ、そうだ。俺の名はトランクィロ。ファミリーネームまで入れるとトランクィロ・フォートレルという」


 僕の、ともすれば不躾ともとられかねない質問に、王――トランクィロは頷きを返しながら、抜身の刃のような冷たい視線をそのままに答えた。


 魔人族ジアブレとは、いわば人間と魔物の混血種だ。人間の寿命の長さと技術力、魔物の肉体の強靭さと魔力への高い適性を併せ持っている。

 外見は人間族ヒュムと大差が無かったりするが、そこに魔物の特徴が加わった姿をしている。見た目では獣人族アニムスなどにしか見えない者もよくいる。

 昔は忌避され迫害を受けていたそうだが、この十数年くらいの間で魔物と人間の混血が進んだこともあって、その数はどんどん増えてきているそうだ。

 そんな、かつては隠れて生きるしかなかった種族の人物が、僕の目の前に堂々と姿を晒している。僕が二の句を次げないでいると、トランクィロがやおら口を開いた。


「ここ2週間2ウアスほど、うちの息子が世話になっていたな。一緒に暮らしてみてどうだった」


 傍に立つイヴァノエの頭に手を置きながら、僕をまっすぐ見つめるトランクィロ。その視線に気圧されそうになりながら、僕はウサギラパン達を抱く腕に力を籠めながらゆっくり口を開いた。


「すごく……頼りになりました。何度も狩りに出ては獲物を獲ってきてくれて、時には僕を狩りに同行させてくれて。

 力の使い方や魔法の使い方も、色々と教えてもらいました」

「そうか……いや、すまなかった。こいつは力こそあるが、どうにも血気盛んで先走るところがあるんでな」


 僕の答えを受けて、トランクィロの視線の鋭さがふっと和らいだ。それを受けて僕の腕の力が僅かに抜けた。が。


『しかしこの野郎、手土産・・・を持参して挨拶に来るとは、昨今の冒険者養成学校の生徒にしては礼儀を分かっているな。なぁ、イヴァノエ?』

『ばっ、違えし!

 あのウサギコリーニョ共は俺の非常食で使徒サマの友達ダチだから、巣に放置してこっちに来たらルーポ共に狙われるから、だ、だから一緒に連れてきただけだし!』


 トランクィロが目を弓のように細めながらイヴァノエの首筋を叩く。

 その目に不穏なものを感じ取った僕がぎゅっとウサギラパンたちを抱き締めると、イヴァノエが噛みつかんばかりに首を動かしトランクィロに抗議した。

 あまりの剣幕に首筋を叩く手を離したトランクィロが、そのまま両手を軽く宙に掲げた。


『おっと、そう怒るな。久しぶりの生徒だったもんでな』

「あっ、あの! 僕の名前とか、冒険者養成学校の生徒だとか、どうして知っているんですか!?」


 このまま本題に入ってもよかったのだが、その前に。僕は気になっていたことを問いかけた。

 トランクィロは僕の名前を会う前から知っていた。僕が国立ドラクロワ冒険者養成学校の生徒であることもだ。それらの情報がいつ、どこから伝わったのかは、やはり気になる。

 そんな僕の疑問に、トランクィロは自身の足元を指さしてみせる。


「エリク。このミオレーツ山は誰のものだと思う・・・・・・・・?」

「誰の……あっ」

「そう、このサバイバル課題の前に説明があっただろうな。

 このミオレーツ山を含む一帯は、国立ドラクロワ冒険者養成学校の持ち物だ。ついでに言うとここはラコルデール王国の国有地でもある。

 ここに住む魔物や動物も、土地と同様保護されている。その土地や魔物の取り纏めを行っているのが、俺とヴィルジールのような「」と呼ばれる存在だ」


 僕はぽかんと開いた口を閉めることも忘れ、トランクィロの話に聞き入っていた。

 確かに、思えばここは学校が所有する山林だ。自然だけではなく住んでいる獣や魔物にも、調整することや手を加えることなどがあることだろう。

 その調整役を担っているのがということか。

 トランクィロが地面をさした指を周りの面々へぐるりと動かしてみせる。


「ま、つまり俺もヴィルジールのやつも、イヴァノエもアリーチオも、お前さんが連れているウサギコリーニョ達も、国立ドラクロワ冒険者養成学校の所属ってことだ。

 生徒や職員……じゃーないな、外部協力者ってやつか?

 俺はお前さんがミオレーツ山に立ち入る前に、アルノーから大体の説明は受けているんだ。ヴィルジールの方にも同様の説明は行っているだろう。

 エリクの情報が俺に知られているのはそういうことだ、この野郎」

『なんだよ、最近こそこそとでっかいカラスコルヴォと話をしてたのはそういうことかよ、畜生め』


 トランクィロの説明を聞いたイヴァノエが、小さく言葉を零した。どうやらアルノー先生とトランクィロは、何かしらの形で連絡を取り合っていたらしい。

 イヴァノエにちらりと視線を投げたトランクィロの目が、僕へと向けられる。


「だが、管理されているからといって気を抜かれると困るぞ、エリク。何しろ俺達はヴィルジールのやつと抗争の真っ最中だ。

 俺もヴィルジールも、お前を必要以上に傷つけるな・・・・・・・・・・とは言われているが、ひとたびぶつかり合ったらお前の身の安全までは保証してやれん」

『でも、王様! せっかくここまでアニキや俺達のために働いてくれたエリクさんを、あっさり見捨てるのもひどくないっすか!?』


 僕の後方にずっと控えて話を聞いていたアリーチオが、僕の肩を抱くようにしながら声を上げた。

 そんなアリーチオに視線を向けたトランクィロの目が、すぅと細められる。


『落ち着けアリーチオ、この野郎。身の安全まで面倒を見れないが、見捨てるとまでは言ってないぞ』

「え、えっと……」


 会話についていけず、事態がいま一つ飲み込めていない僕が、トランクィロとアリーチオに視線を交互に動かす。

 すると、トランクィロが足を前に踏み出した。そのまま、僕へとどんどん近づいてくる。

 後ろからアリーチオに肩を抱かれている僕は動けない。そうしてトランクィロの接近を許してしまって、僕の眼前にまでトランクィロのイタチウェッセルの頭部が近づく。

 そこまで距離を詰めてきたトランクィロが、ゆっくりと口を開いて言うことには。


「エリク。いやカーン神の使徒よ。

 サバイバル生活の残り3週間3ウアス、自分の身の安全は自分で確保してもらいたいが、俺達イタチドンノラ一同はお前の快適なサバイバル生活のために力を尽くそう。

 その代わりに、ヴィルジールのやつと直接話を付けることになった時。お前も同行してくれ・・・・・・・・・

「……へ!?」


 突然の庇護の申し出と、交換条件の提示に、僕は目を大きく見開くのであった。



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