殉死者たち
FourRoses
一つになる
彼女は言った。
「内緒の話をしましょう」
と。
「満月の夜、儀式を行い、同じになりましょう」
私と彼女は二人きり、暗い部屋の真ん中に居た。大きな出窓からは青い月の光が差し込んでいた。約束通りの満月、部屋と二人を照らすには十分な明るさだった。がらんとした部屋の真ん中には丸い小さなテーブルがあり、無骨なナイフと大きく白い皿があった。何の変哲もない、しかしひと目で鋭いと分かるそのナイフは、月の光を受けて優しさすら感じられた。逆に、つるりとした皿は月の光でのっぺりと輝き、まるで白い穴が空いているようだった。
どちらともなく始まりを予感し、各々ナイフを手に取る。重く、しかし手に吸い付くようなそのナイフをお互いに胸へと突きつけた。お互い微笑み合い、ゆっくりと胸の真ん中に挿し込んでいく。手応え無く縦に切り裂かれていく様子は、自分も同じらしい。十分な長さに切り開かれたその隙間へとゆっくりと手を挿し込んでいくと、そこには心臓があった。確かな感触を持って脈打つ心臓を静かに掴み、同時に自分も掴まれる。体の中心を直接掴まれる不思議な感触にクスクスと笑い、ゆっくりと心臓を引っ張り、動脈を切り離していく。気がつけば、同時に二つの心臓が取り出されていた。そこには不思議と痛みも苦しみも無く、ただ血がこぼれ、命が抜け落ちていく感触だけがあった。
未だ脈打つお互いの心臓を真っ白な皿の真ん中に乗せる。月に照らされる心臓は、まるで見慣れぬ生き物のように見えた。
皿を取り上げ、道具も使わず、獣のように心臓へ直接かぶりつく。質の良い赤身肉といったそれは、びっくりするほど歯切れが良く、全く抵抗なく噛み切ることができた。そのまま静かに、ゆっくりと咀嚼する。ああそうか、これが命の味なのかと、頭の片隅で考えていた。同じように咀嚼を終え、しかし嚥下せずに居た彼女と向かい合い、深く口付けをする。お互いの舌を絡め合い、口内を混ぜ合わせ、唾液とともに一つの存在へとまとめ上げ、同時に飲み下していた。喉を通り、命が臓腑へと染み渡っていく感触。まるで優しさに包まれているようだった。
そういったことを、ゆっくり時間を掛けて何度も何度も繰り返す。心臓へ噛みつき咀嚼し、口付けし口移しし飲み下す。心臓を咀嚼し、お互いに飲み下す。やがては血の一滴も残さず食べ尽くし飲み尽くし、真っ白な皿だけがテーブルの上には残されていた。
後には体全体が満たされた感覚と、延々と命がこぼれ落ちていく感触だけが残されていた。私は自然と彼女に手を伸ばし、強く抱きしめる。傷口が合わされ、気付けばお互いにきつく抱きしめ合い、一つに始めていた。命が際限なく流れ出す感触。命が際限なく流れ込む感触。命がどんどんと溶け合っていく感触。やがて意識も月の光に漂白されていき。
ああ、これで私達は一つに――――
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