第25話 ガゼイラ建国記:1

 夢中になって、ガゼイラの建国を読む……

 字が下手だとか、表現が判りにくいとか、どうでも良いのだ……

 熱量が違う。


 レイにとって先程の嘘が書かれた歴史書は読むことが苦痛だった。

 そこには年代と起こった事が書かれているだけ、だから人の思いが見えず、共感も出来なかった。


 だがこれは違う、これには想いがある。

 ガゼイラの民が、死に物狂いになってユーライ帝と共に走った記録……


 亜人種として今まで散々差別され、誇りを無くし、隷属してきた、過去の自分達との決別……

 未来の自分達への賛歌……


 当初、疎んじていた、混血のユーライが自分達の長になった時……

 自分達がユーライを『帝』と呼んだが、ユーライ自身は、その呼び名が立派過ぎて恥ずかしいと、『ユーライ』と呼び捨てで良いと漏らした事……

 そんな控え目な指導者の為に、自分達は命を預けるのだという決意が書かれている。


 そしてレイは読み続ける……


 ユーライがリーダーに成って初の戦い……


 ユーライの元で団結した亜人種達の目的は、先ず最初に人間達が希少金属を採掘している北の山中の集落を攻め落とす事……当初、国家で無く、各種族毎の集落であった亜人種達には、集落同士の横の繋がりが希薄だった。

 山中の集落などそれこそ聞き伝えの又聞きで、正確な情報は、現場を観るまで解らないと皆は思っていた。

 その又聞きの情報では、同胞が奴隷として過酷な労働に従事させられている、我等は彼等を解放しに来たのだ。

 人間達は同胞が採掘した希少金属で得た金銭で贅沢三昧らしい、そして集落と言うには余りに巨大、人口1万人以上……

 しかし我等が軍は2万人弱……

 数なら圧倒していた……

 昼過ぎ……山中でもまだ明るい……

 集落を見渡せる小高い丘に先鋒の500人が集まる....先ずは敵の武装・設備の確認、亜人種は視覚が良い……遠方からでも集落の様子が判る。

 集落は1個の城塞都市だった、掘・塀で覆われ、公共機関、商店街、学校、全てが有る。

 商店街で夕食の買い物をする主婦……

 校庭でボール遊びに興じる人間の子供達……


 ……

 町の外れを見回す……

 ……



 思わぬ風景がソコには在った……


 採掘場が見える。

 同胞なのか、一瞬判らない……

 同胞は骨と皮しかなかった……そして衣服も無く裸で、髪は延び放題……

 怪我や障害の有る者が大半だ……

 足を引き摺り……

 腕は折れたまま処置をしなかったのか曲がったまま、目が見えない者も居る……

 これは奴隷では無かった……

 奴隷などという表現は生易しかった……


 ……


 残酷な風景の一角、1人地面から立ち上がれない同胞が居る……

 胸の上下も無い、死んでいるのだ……

 それにすがり付く小さな骨と皮……


 埃1つもない豪華な衣装……

 腹の出た、如何にも食事を過剰摂取した人間が、腹を揺らして鞭を放つ……


「バチィ

 ーーーーー!!!」町中に鳴り響く鞭の音……


「ギィヤァァァァァー!!!」そんな小さな体から、そんな大きな声が出るのだ、町中に割れ響く声……

 小さな背中の皮は容易に裂け……

 白い骨が見える、背骨だ……

 そして鮮血……

 そのまま突っ伏す……

 更に鞭を放つ……

 背中はザクロの様に裂け、小さな命はそれまでの過酷な労働で大半の生命力を失っていたのか……

 もう動かない……

 それでも小さき命に……更に鞭が……鞭が……

 肉が飛ぶ……幼き子は動かない……

 もう……父と共に……混じり会う……

 何処までが父の肉で、何処までが子の肉か分からない……

 それを生気の無い顔でただ、見つめる周囲の同胞達……

 明日は我が身……

 遅いか早いか、何時かは自分の番が来る……

 そんな諦観……


 ……


 そしてユーライは観る……

 町中に鳴り響いている筈なのに、何事も無かった様にな買い物に興じる主婦……ボール遊びを続ける子供……

 理解する……

 日常茶飯事……彼等にとって……


 ……


 二人が死んだのだ……

 それも理不尽に……

 其なのに道端の邪魔な石の如く……

 採掘用の一輪車にぞんざいに投げ込まれ……

 その一輪車を同胞が押し歩く……

 ここからでも判る……同胞は泣いていた……哭いていた……

 この非道に、亡くなった親子に、そして人間に言われたまま同胞を運ぶ自分自身に……


 一輪車は大地より一段低い所に設置された大きな機械のある広場に着く。

 機械は常時稼働しており無限起動と繋がっている。無限起動の端に親子を一輪車から落とす。

「ゴチャ、ドチャ」血で滑った柔らかい物体が落ちる音……

 無限起動で機械に送られる……機械に吸い込まれる。

「ゴリ、ゴキャ、ベチャ、ゴゴゴ、」筆切に尽くしがたい音を盛大に鳴らしながら……機械の反対側から親子のスープが横の窪んだ大地に落とされる……そこで耕す同胞……

『これは畑だ……』ユーライは思う……

 すぐ横では、芋系の野菜が実っていた。

 これを人間が食べる……

 いや違う……

 これは亜人種用だ……


 ……突然、ユーライの頭に中に人間の声が響く

『ヤツらの食事はヤツらに生産させよう』

『合理的じゃないか……死体を棄てずに有効活用』

『これこそは生物の循環だよ』

 ユーライの耳から血が出ているのを横に立つ同胞が見つける……

 心配そうに見る同胞をユーライは大丈夫と手で合図する……

 掌には握りしめ過ぎた為、爪が食い込んで、血が滲んでいた……


 ……


 ユーライに時々起こる……魔術を極める前より起こっていた白昼夢……

 しかしこれは夢などでは無く、過去の情報を『観る・聞く』事が出来るユーライの先天性の能力だった。

 ユーライはこの能力に振り回されて来た。

 観たくもない映像、聞きたくもない声……

 彼の精神は疲弊した……

 それでも今は役に立った……


 ……

 ……


 ……続く....目の前で行われる虐殺と平穏な日々……


 ユーライ以下亜人種全員……

 余りの非道に声が出ない……

 夢では無いのか???まさか幾らなんでも……

 自身の太股を千切れる程掴んでいる者も居る……

 奥歯を噛み砕かんばかりに噛んでいる者も居る……

 走り出さんとしている若者を年配の同胞が必死に止める……


 ……今すぐ、止める……殺す、助ける……

 皆の意識は一本に纏まる。


 ユーライは魔法付与された、連絡用の魔石を使い……後方の部隊に「先鋒部隊で強襲する」と言う……

 後方部隊から「我等の到着まで待ってください」との返答……

「大丈夫、策がある、前進を続けてくれ……集落を見下ろせる丘に到着したらもう一度連絡をくれ」と言う。

「本当に大丈夫ですか……」再確認……

「信じてくれ」ユーライの返答。

「直ぐに前進だ、途中で休憩はしてくれるなよ……」ユーライが軽いジョーク……しかし顔は全く険しいまま……

「ハハハ、わかりました、全速力で到着します」相手は答える。

「では……集落で」相手の通話が終る。


 ……魔石を仕舞ったユーライは皆に伝える。

「我等は今より、集落に入り人間の子供を人質にとる……」ユーライは静かに言う、亜人種達はビクリと体を揺らす。


 初めてユーライから聞いた言葉、卑怯、人質……


「相手側には、弩、武装された軍隊、兵糧がある……何もかも十分すぎる……故に我等は彼等の心を折る」ユーライは続ける。

「真っ先に学校へ向かう……学校自体を我等が城とする、籠城する……そして我等の要求を呑ませる……」

 ユーライは皆を見回す……

「人質が居れば弩はそうそう撃てん……夕刻迄には後続部隊が来よう……さすれば、形勢は逆転する、中央に我等、その周囲に学校に気を取られた敵軍、その更に外周を我等の後続部隊が塞ぐ……巧く行けばヤツらを後ろから不意打ちに出来る」ユーライは一気に言った。


 ……


 静かに聞き入る亜人種達……

「確かに、それならば……」卑怯ではあるが、あの様な惨状を見て、卑怯などと言っている場合では無かった。

 それに一刻も早く、同胞達を救いたい。


「判りました……」一同の声、皆決断した……ユーライ自身、この計画は苦渋の判断だろう。

 元々、この様な人質を取るなどと……選ばない……仕方無いのだ……それが皆に伝わる。


「通用門から学校まで一直線だ……校内に入れば、子供達を1ヶ所に集める……1階教室が良い、窓ガラスから子供達の姿が見える様に……」ユーライは細かく指示をする。

「……帝」亜人種達が唖然とする……『この様な卑怯な作戦を然も円滑に……』と皆感じる。


「私を卑怯と思ってくれて良い……しかしこの状況下で、自軍の被害を最小限に、且つ相手に要求を呑ませる為に選んだ策だ……理解して欲しい……今を逃し、後続部隊の到着を待てば、学校に居る子供達は各々自宅に帰るだろう、それでは意味が無い……故に今直ぐ行う」ユーライは皆を回し見て話す……そして眉間に刻まれた深い皺……


 言葉にはしないが、ユーライがこの卑怯な作戦の全責任を持つという事が伝わる。


「帝が責任を感じる必要は……」誰かが言う。

「全員で決めた事です……御一人で責任を感じずとも……」又、別の誰か……

 皆が、ユーライの事を慮る……


 それでもユーライは全責任を負うだろう……そういう人だった。

 だから我等はユーライを指導者に決めたのだ……


「計画が決まったぞ……皆様、後は実行するのみ」年嵩の顎髭を蓄えた長らしき人物がユーライの横に立ち皆に向かって言う。


 ユーライ以下500人は丘を下る……人間の幼き子供を人質に取り、同胞を解放する。


 我等は気高い、そうあった筈……

 その誇りを持ち……今まで差別や迫害に耐えてきた、そして生きてきた。


 しかし、今から我等は手を下す。

 ヤツら人間と同じ汚い所業だと解っている。

 我等も手を染める。

 後世に『悪行』と罵られても構わぬ。


 皆に心に在る、罪悪感を呑み込む……

 ユーライとなら罵られても良い……

 皆、そう思う……


 そして、音も無く……近付く……

 掘と塀で囲まれた城塞の如き集落……


 正門には、門番が2名いる、長い槍を持ち……お互いに戯れ言を喋っている。

 意味までは判らぬが談笑が聴こえる。


 スルスルと正門の反対側に廻る……其処には、小さな通用門が在る……非常口といっても良い。


 両開きの扉、1.8m程度の幅、内側から閂が掛けられており外からは開かない、高さ3.0m程度……

 上部には更に高さ50cm程度の鉄条網が張り巡らしてある……そのままでは登れそうに無い。


 ユーライは、紐で繋いだ魔石を懐から取り出す。

 魔石を肩車した同胞に渡す。

 同胞は扉に近付き、扉の上、鉄条網の隙間から魔石を集落内に滑らせる壁に当たって音を鳴らさない様ゆっくり……

 ユーライは目を瞑り、肩車をした同胞の肩に手をのせている……手で合図をする。

『もう少し右……』内側で魔石が閂の取っ手に近づく

『少しづつ、上へ……』取っ手が持ち上がる。

『左へ平行移動……』取っ手が横に動く。

『キィーーー』と油を差していないであろう音を鳴らしながら……閂がスライドする。

『カチャン……』音をたてて閂が外れる。


 人一人が通れる程度の隙間から中を覗く。

 昼下がりの集落は平穏……

 菓子を食べる者……

 将棋に興じている者……

 昼寝をする者……


 だが、時折、鞭と絶叫が鳴り響く……「煩いな……」昼寝をしている人間から苦情……


 その後方で、静かに亜人種達が集落に滑り込もうとしていた。


 ……

 ……

 ……レイは書籍から顔を上げる、肩が酷く凝っている。

 一心不乱に読んでいた為だろう。

 肩を回す、首も回す……


 それでもレイは固唾を飲んで、書籍のページを捲る。

 早く先が知りたいと……


 書籍を読む事が……この様な高揚を産み出すとはレイは今まで知らなかった。

 自身の頭の中で、ユーライ達と一緒に行動している気持ちになる。

 彼等の想いに共感する。


 ユーライ側にレイは居た。


 物語が続く……レイの心に嵐を巻き起こしながら……

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