第24話 遅々として進まぬ……

 先程、机の上に置いた書籍をレイはまだ見つめていた。


 表紙に大きく、

 ■北ラナ島の歴史1

 と書かれてた、銅のプレートが貼り付けられている。


 ……いい加減、読み始めたらどうだ……自身に言い聞かせながら、レイは分厚い表紙を捲り……目次を見る。


 ■目次 村落の形成 開拓~農耕

 1、植民

 2、開墾

 3、農業

 4、次巻(村落~町へ 産業の発達)


 となっている。

 目次をロクに確認もせず、ページを捲る。


 1、植民と書かれてある。


 北ラナ島は、リステ大陸の東側に位置する、大型の島国である。

 海を挟んで南部に南ラナ島が在るが、こちらは小型の無人島であり資源も少ない為、住民は亜人種を除き住んでいない。

 500年前に、リステ大陸のコルンという今は亡き国より北ラナ島探索に出た調査団にて、古代の遺跡と原住民たる亜人種達を発見する。

 彼等、調査団は、亜人種を安価な労働力として自国に輸送し、奴隷とした。

 そして植民から約250年が経過した頃、コルンは滅び、二国に割れる……それが、フォーセリアとタナトだ。

 フォーセリアは北ラナ島の奥地を開拓せんと調査団を送り込む……そして遺跡に眠る、希少金属と古代知識を発見する。

 当初、希少金属と付与魔法の関連性は発見されておらず、発見後約80年間は、『魔法が発動される金属』が発掘される……という認識であり、古代魔法の遺産というだけだった。

 しかし古代魔法の古文書が魔法使いにより解析された事により……希少金属と付与魔法の関連性が浮き彫りになった。

 そして近年、希少金属を埋め込んだ道具・武器・防具etcに任意の魔法を付与出来るという事が出来るようになったのだ。


 もう一度説明すると以下の通り……


 1:付与魔法を効果維持できる触媒としての鉱石

 2:古代魔法(付与魔法)その他の魔法


 1:に関しては、各遺跡の周囲から発掘した希少金属

 2:に関しては、その金属を利用しての付与魔法


 2は、現代の魔法より高度で効果時間の長い付与魔法だった。

 その効果時間の長さは、1の希少金属に寄る所が大きい。

 その金属は魔法との融和性が高く、且つ閉じ込めた魔力が時間により微量排出される事をかなり軽減出来た。

 この希少金属があったからこそ、北ラナ戦にて最終的にユーライ帝を封印する事が出来たと言う事は周知の事実だった。

 これはレイも本を読む前から知っていた事だった。


 父親のヤーンに教えられた歴史……


 故にこの魔法と希少金属を目当てに、多くの植民が行われた。


 コルンより、船団が組まれ多くの採掘工が現地に入った……その際は守護する者として軍隊が呼ばれ、原住民と戦い、彼等を排除した。

 現代にも残るガゼイラは主にこの原住民達の国家であり、ユーライ帝がその首長であった。

 原住民の所謂、亜人種達は、人類より科学的・社会的に劣っているとされ、コルンより来た植民は彼等を蔑み、差別した。

 不当な金銭で強制労働し……

 不当な金銭で希少金属を買い上げ……

 安価な労働力として、死ぬまで労働させた……


 ……とヤーンはレイに教えてくれた。

 戦う理由に本来聖戦等と云うものは無く……戦いの理由は貧困・差別・迫害 それに尽きると……

「これ程、酷い目に会ったのだ……そりゃ戦争するだろう」ヤーンは『そりゃ最もだ』という様な顔でレイを見たものだ。


 ……だが、この書籍にはヤーンの言った事は、一編足りとも書かれていなかった。

 レイはこの事に驚いた……


 それどころか、社会的に低俗な原住民の達に知恵を与え、文明発展に寄与した大変功績の有る植民だったと書かれていた。

 この植民無しに、北ラナ島の近代化は成し得なかったと……


 何故こうまで内容が変わっているのか……レイは意味が判らなかった。

 釈然としない。


 どちらかが嘘を付いているのか?

 そうなら答は直ぐに出る。

 ヤーンは嘘を付かない。

 特にこんな大事な事に、嘘は絶対に付かない。

 それはレイが親父に抱く絶対的な信頼……


 ならば書籍が嘘を付いているのか……歴史を伝え広げる書籍という情報源に嘘を書くという事が、レイには信じられなかった。

 そんな事をするのだ?歴史を歪曲するのだ……


 レイは、マダムユナの言葉を思いだす……

「書籍から学びなさい……書籍には真実が書かれており、また偽りも書かれています……ちゃんと勉強すれば、偽りを見破り、真実を読み取れます……」

 ……何て事だ……早速の嘘か?

 レイは『こりゃ先が思いやられる』と思った。


 トン、トン……


 扉を叩く音がする。

「はい」レイの返事……

 静かに扉が開き……

「レイ……おはよう」カイ司祭が入ってきた。

「ヨシュアから聞きました、読書をするのですね……」カイ司祭は訊く。

「そうなんですが、早速、難題です……」

 と言い、今読んでいた書籍を掴み上げる。

「……何を悩んでいるのですか???」カイ司祭は尋ねる。

「親父の言っていた事と、この本に書かれている内容が全く異なるんです……」レイは口をへの字にして答える。

「どこがそんなに異なるんですか???」カイ司祭は面白そうに近づいてくる。

「ここです、ここ……」レイは本を指で差す。

「こんな事、親父からは聞いてないんです、こんな嘘っぱち……作者は何を考えているのか?」レイは憤慨する。

「ええ、そうですか……しかし、これは嘘なんですか???」カイ司祭は疑問を感じた顔をレイに向ける。

「ええ、そうです!!!親父は亜人種の人達を迫害して奴隷として扱ったと教えてくれました」レイははっきりと言う。

「……そうなんですか、神の観ている中その様な行いを人がしたのですね……」カイ司祭は胸前で手を合わせ祈る。

「えっ?!」レイは驚く。

『カイ司祭は知らないのか?まさかこの本の内容を信じているのだろうか』レイは思う……レイの顔が曇る。

「カイ司祭はこの本に書かれた事は読まれたのですか?」レイは探るように訊く。

「はい、それは読んでいます、というかその書棚にある書籍全てに目を通していますよ」カイ司祭は事も無げに言う。

『本当かよ……』レイは心の中で嘯くが……

「あぁ、そうですよね、ではこの部分も信じているのですか……」と聞き返す....

「読んではいますが、信じているかと言えば、どうでしょうか……」カイ司祭はそう言うと、キョロキョロ書棚を見て、そして1冊の本の前で視線が止まる。

「あぁ、これですね……」そう言い1冊の本を抜き取る。

 本の背表紙にはこう書かれている。


 ■建国の願い ~ガゼイラ~


 他の本と違い、レイにも判る程紙の質が悪かった、号外で撒くわら半紙の様な紙質で、お世辞にも読み易いとは言えない言葉で書かれていた……


「印刷では無いんですね……」レイはページを捲る。

「そうですね……これはたった1冊だけ有るガゼイラ建国の本です……」カイ司祭は大事そうに本を触る。

「たった1冊……」レイは口ごもる。

「故に、手書きなのです……印刷ではありません……ガゼイラの人々が建国を記念して、慣れない言葉を使い一生懸命書き連ねた書籍です……魂が入っているのです……」カイ司祭は真摯な目でレイを見る。

「魂……文字に……」

「そう、彼等にとって迫害や差別から脱却し、真に自身の足で立ち上がったその記念……彼等の流した血、汗、涙、その全て……」カイ司祭は続ける。

「読めば判るのです……ユーライ帝と共に歩んだ……その歴史が……そこには綺麗な文字では無いけれど、美しい表現でも無いけれど、生々しい彼等の思いがそこには在ります……」カイ司祭は少し悲しい笑みを浮かべる……少しの違和感……カイ司祭の言葉からは敵国だったガゼイラの事を憎む感情が感じられない。

 神に使える人はその様な争い事に執着が無いのだろうか?レイは少し疑問に思う……考えすぎか……


 そんな事を考えて無意識にレイはペラペラページを捲っていた……思い直して最初のページに戻る……

 そして「これ、読んでみます……」レイは決める。

「……構いませんが、必ず、先程の歴史書も読むのです……何故に同じ時代を記載したのに何故内容が変わっているのか、それを理解するのです……」カイ司祭はそう言うと、静かに部屋から出ていった。


 レイは本に向かう……癖のある手書きの文書を読む。


 目次とも言えぬ、悪筆な表題を見る。

 一番最初の項には「1:建国前」と書かれていた。

 レイはページを捲り読み始める。


 ガゼイラは当初、大陸からの移民が来る前は、亜人種それぞれが小さな集落を築き生活していた。


 それは国ではなく……しかし集落同士は物々交換でお互いに大きな争いも無く恙無く暮らしていた。


 ある日、大陸からの植民者がやって来た植民者とは言うが、なんという事はない、農民とそれを上回る多勢の兵士……軍隊だった。


 ある集落の亜人種の長は、対話を求めて、単身植民者キャンプを訪れた。


 長は戻って来なかった。

 2日・3日・4日……

 我慢しきれず、村の若者達が自身も向かうと腰を上げ始めた頃……


 紙を貼った小さな箱が集落に投げ込まれた。

 家々から皆が出てきて、その箱の周囲に集まる。

 村一番の識者が文字を皆の前で読み上げる。

 集落の村人は皆、識者の周囲に集まる、そして聞き入る。


『低俗なる亜人種ども、そなたらは我等大国の属国となる事を喜び、進んで我等の為に奉仕し、我が国家が更なる成長を遂げる様、その礎と成らねばならん。

 王は心の広いお方、そなたらの様な下卑た亜人種であっても属国に招き入れてくださるおつもり、我が国に微々たる助力が出来る事を喜びたまえ。              コルン植民団』


 識者の声が震え……次第に小さくなる。

 なんと言う……識者の言葉に集落に全員の顔が蒼白になる。


 ……識者は紙の下の箱が有るのを思い出す……


 識者が箱を開ける……開けた途端に目が合う、懐かしい顔、我の頭を撫でてくれた長の顔……

 それが、箱一杯に……

 識者は腰が抜け、地面に尻餅を付く、ずるずると箱から後退り……


 その識者の尋常でない行いに、一人の体格の良い若者が近付き箱を見る。


「……!ッ、長ーーー!!!」

 長は小さい箱に鮨詰めにされて納められていた…!入らない部分は切り刻まれ、よくもまぁ、ここまで刻んだと……


 若者は嘔吐する……吐くものが無くなっても吐く、吐きながら怒る……額に険しいシワが刻まれる。

 若者は長の息子だった、親父が見るも無惨な……


 植民者にとって話し合いなど元より在りはしない、植民者にとって亜人種など、雑草の様な扱い……

 自国民や他国の国民を殺めれば、非難も受けよう、場合によれば処罰も覚悟せねばならん……

 しかし僻地の島国の亜人種を殺したとして、誰に咎められる、咎めるのは亜人種だけ、亜人種は我等の奴隷として扱う……

 奴隷から非難されようが、知った事ではない。


 鬨の声もなく戦闘が始まる。

 集落の周囲から火矢が飛んで来る、四方八方、亜人種達の建物は木製だった。

 家はあっという間に燃え盛る、そして、広場に集まった村人は矢の格好の的だった。

 自らの集落が焼かれた村人達。

 まだ家に居る足の悪い両親を助けに燃え盛る家に飛び込む者、

 自身の子供を大事に、燃え盛る村落から逃げようとする者、

 飛んで来る矢から逃げるだけで精一杯の者、

 火矢を放つ敵を探そうとする血気盛んな者、


 村人は右往左往する。


 これそこ相手の思う壷、統率も協力も無い『個』の集まりの集団。

 武装した兵士に暗がりから剣が突き出され、火から逃げる事に必死な村人を貫いた。

 剣術ですら無い、

 欠伸のでそうな作業、

 男も、

 女も、

 子供も、

 老人は言うまでも無く。


 労働力に成らぬ者など不要。


 面倒だから殺してしまえ、


 抵抗したから殺してしまえ、


 邪魔だから殺してしまえ、


 ついでに殺してしまえ、


 ……。。。……


 レイのページを捲る指が震える。

 生々しい思い……

 先程の歴史書とは何から何まで違う。

 いやこれは歴史ではない、歴史に成っていないあの日の現実を未消化のまま、そのまま書いてある。

 だから、日時も場所も判らない、客観的にも書いていない。

 ただあるその日、悲劇に見舞われた集落がガゼイラに在ったという記録……


 ……レイは読み耽る……


 ページから溢れる想いが伝わり、考え込む、亜人種達の苦しみが染みる。

 亜人種達は確かに原始的と言えば原始的だろう……

 しかしそれは平和な生活……

 狩りをし、

 作物を植え、

 子を育て、

 そして死んでいく。


 その生活は外部からの驚異により唐突に破壊された。

 彼らに抗う術が在れば、卑怯な手に屈する事など無かったろうに……


 数ページでこんな具合だった……


 カイ司祭の言った意味が判る……


 魂……彼等の遺したい想い……

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