第22話 臨時講師『マダムユナ』
食卓では、マダムユナがテキパキと食事を用意していた。
急に来たレイの分の食器がもう並んでいる……いつ何時、息子が戻って来ても良い様に準備がされている。
そんな母親の優しさをレイは感じる。
レイは食卓の椅子に座り……頭を下げ感謝し、食事を始める。
メニューは以下の通り……
豆のスープ
生野菜にチーズとオリーブオイルがかかったサラダ
噛み応えのあるバケット
簡単だけど、いつもの母親の料理……馴染みの味
レイは、スープを一口飲み、ホッとする。
飽きの来ない懐かしい味……フォークで野菜を突き刺し口へと運ぶ、オイルとチーズの酸味が野菜を引き立てる。
マダムユナの作った野菜にはえぐみが無かった……甘さを感じる位だ。
だから、あまりに強いソースは野菜の風味を消してしまう、レイはオイルもチーズもそれほど絡めずに野菜を味わう……その方が旨い。
正に野菜の引き立て役としての役割を十分に果たしていた。
バケットをちぎり、ツィッとサラダのソースを撫で付ける……そして食べる……旨い。
また、スープをスプーンで一口掬い味わう。
味わいながら少し考える……そして、又バケットを少しちぎり、今度はサラダのソースには行かずに、スープにバケットを浸す。
旨いスープを十分に吸ったバケットをスープを垂らさない様に、口に運ぶ……噛んだ瞬間に濃厚だが飽きの来ないスープが口一杯に広がる。
そしてふやけたバケットの風味と混じる。
正に至福……山小屋での、自身の食事では味わえない味。
レイは相変わらず、5分程度で食事を終え、目の前の料理は大半が消え失せた。
マダムユナは、残りのサラダを上品な作法で空にし、スープを2、3口飲むと、スライスしたバケットを1枚摘まみ上げて、レモン水と共に食べた。
レイはマダムユナが食べ終わるのをレモン水を飲みながら待つ。暫くして食事を終えたマダムユナはレイに「貴方、珈琲は如何?タナから頂いたクッキーが有るのだけれど……」マダムユナは笑って訊いて来た、断る理由はない。
因みにタナとはヨシュアの母親の事だ。
「そりゃ貰うよ」レイは答える。
「はい、暫くお待ち下さいませ」マダムユナは店員の受け答えを真似て台所に歩いていった、その所作がえらく堂に入っている。
まるでカフェのウエイトレスの如く。
……暫くして、台所から「シュン、シュン」という音が聴こえてきた……水が沸いたのだろう。
少し待っていると、マダムユナがお盆に珈琲カップ2つと小皿にクッキーを盛り付けて戻ってきた。
「どうぞ、召し上がれ……」マダムユナはそう言いながら、食卓にお盆を置き、珈琲をレイの目の前に置く、「ブラックだったわよね」マダムユナは一応訊く。
「あぁ……」レイは答える。
早速、苦い珈琲を飲み、甘いクッキーで追いかける……絶妙な組合せ……
「旨いな……お袋」レイは同意を求める。
「タナのクッキーは本当に珈琲に合うわね……美味しい……」マダムユナはレイに微笑みかけ……
「丁度、良いわね……レイ、これからの勉強するに当たって、大事な事を言いますから良く覚えておく様に」と言い、続ける。
「先ずは、貴方、歴史を学びたいのよね……ならば読書をして、その日読んだ内容を翌日も読みなさい……そしてその翌日も同じ内容を読みなさい……それを7日間続けなさい……但し、理解した場所は飛ばしなさい……最初に5時間で読んだ内容を7日後には、1時間で内容を把握出来る様にしなさい」マダムユナは珍しく命令口調でレイに指示する。
そして続ける、「その為に、ノートをとりなさい……歴史を時系列に三国とも記載しなさい……多少汚くても良いから……同じ年代で起きた事柄は並列して三国とも同じ場所に書くの……貴方だけの年表を作成するの」マダムユナはキッパリと言い、「可能なら音読出来たら良いのだけれど、教会内で誉められた事ではないから、これは諦めましょうね」と追加した。
レイはいきなり、多くの事を言われ、又、初めての座学と云う事もあり……一瞬、頭が混乱した。
「お袋……えっ……取り敢えず、読書を7回と、年表を作成するんだな」レイは自信無く確認する。
「そうよ……人の頭は『読む』だけでは覚えられないの……すぐ忘れてしまうの、だから繰り返し覚えるまで読み込むの……また、ここからが本題だけど、読めるからって、理解できたって事ではないの」マダムユナは美しい眉の間に小さな皺を作り話す、「貴方は、この北ラナ島を分割する三国の今までの駆け引きを知りたいんでしょう?」
「そうです……その駆け引きの歴史が、今少し前の三国にどの様な影響を与えた為に、あの戦争が起き、又その戦争の結果、只今、三国の勢力争いがどうなっているか……ただし封印したユーライ帝の治めていたガゼイラは、今や統治者を無くしてバラバラ状態みたいですが……」レイはお袋を、先生の様に感じ、思わず敬語で喋る。
「ははは……ごめんね……先生みたいね」マダムユナは謝る。
「いや、そのままで良いです……その方が学びやすいと思います……勉強時はこんな感じでお願いします」レイは真剣だ。
『貴方は私を、師に値すると思ったのね』マダムユナは想う……学ぶべき時間、その時はやはり、肉親ではなく『師』と『学生』の関係が良い。
そしてマダムユナは教師として続ける。
「その為には、先程も言いましたが、歴史を時系列で理解する事は当然として、三国がそれぞれ、同じ時代にどの様に動いていたかを並べて考える必要が有るわよね……例えば、今回の『北ラナ島戦争』が起きた理由を貴方は探りたいわよね……」
「そうはそうです、確かに一番知りたいとっても過言じゃないです」レイは返答する。
「今の貴方の知識で良いから、原因を推測してみて」マダムユナは再度訊く。
「……そ、それは……」レイは暫し口ごもり、「まぁ、ユーライ帝率いるガゼイラが他の2国(アルテアと我が国キルシュナ)を属国にしようとして……」レイはありきたりの事しか言えない自分を恥じながら答える。
「……確かに戦争という部分だけを切り取れば、それが原因よね……けど、それなら何故ガゼイラは戦争を仕掛けようとしたのかしら……他国を属国にして領地拡大、それはユーライ帝の野心のせい???」マダムユナは顔を少し傾けレイを見る。
「……それは元々ガゼイラの国民である亜人種が差別されていたからでは?深い所は知らないけど、或いは確かに野心家なのかも……全島統治したかった、とか……」レイはもう、しどろもどろ……母親相手にこんな事になるとは思わなかった。
「ある一人の統治者が絶対的な権力を持ち、野心を達成するまで国民に戦争を強いる、という過去の歴史は確かに在ります……しかし、それはこの島の歴史とは重ならない……貴方が言った人種差別は一つの理由だけど他にも理由は在ります」マダムユナはレイに話す事を止め、タナのクッキーを一掴みして少し噛り、珈琲を嚥下する。
「書籍から学びなさい……書籍には真実が書かれており、また偽りも書かれています……ちゃんと勉強すれば、偽りを見破り、真実を読み取れます……」
「えっ!嘘も書かれているんですか……そんなの2ヶ月で出来るんでしょうか……」体を剣を使わないこの修行……レイの不安は最高潮だった。
こんな事になるなら、思い付かなかったら良かった……と内心想う。
これは一筋縄ではいかない……レイは腹をくくる。
明日からの勉強に憂鬱さがまるで雨の前の曇天の様にレイの心に拡がる。
クッキーの甘さが心に染みる……
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