第21話 Win without fighting

 レイは夕日を見ながら歩く……


 直ぐ自宅のウッドデッキに置いた安楽椅子に座ったマダムユナが大きな瞳を見開き、レイに気付く……

「貴方どうしたの?山小屋に戻ったのではないの……」

 レイはまたか……と思う……

「そのつもりだったんだが、事情が変わったんだ……二周忌まで、ここで鍛錬する事にしたんだ」

「あら、そうなのじゃあ、お布団敷いてあげましょう!」マダムユナはあからさまに嬉しそうだ……安楽椅子から立ち上がり、そそくさと家に入る。

 コトコトという音が聞こえてくる。

 元々、山小屋に行く前にレイが寝ていた部屋のベッドに布団を敷いているのだろう。

 足が悪いお袋を手伝った方が良いかとも思うが、悪い部分を使わないから、悪化が進む事もレイは分かっていた……だからお袋の好きな様にさせていた。


 ……明日から、生まれて初めての鍛練だ……身体を使わない頭を使う修行……した事がない……レイは上手く出来るか珍しく緊張した。


「レイ、どうかしましたか?……」マダムユナが家に入って来ないレイを見ながら心配そうな顔をしている。

「いや、考え事……明日からの……鍛練をね」

「あら、そうなの……何か難しい事をするのね、危険な事なの?」マダムユナは心配そうな顔をレイに向ける。

「……いや、危険は無いんだ……どちらかと言えば、効率の良い鍛練方法を考えているんだ」レイは答える。

 レイは思う、『武術の事をこの人に訊くのは酷だが、こういった座学の勉強は訊くに値するのでは……』と思い、レイは母親に尋ねる……「なぁ、これから教会の図書室で勉強しようと思うんだが、どういう勉強が効率が良いと思う???」

「……え??……貴方……なんで……」マダムユナは唖然とする。

 レイは『そりゃ、今さら読書をする、なんて言い出したんだからビックリするよな』と思う……

「いや、この北ラナ島の歴史というか、三国の成り立ちや、内政、外交の駆け引きを知りたくてね……」レイはマダムユナに話す。

「へぇー……えっ……どうかしたの……貴方」マダムユナは未だ困惑……

 レイは思う『こりゃ完全に何処かで頭打った?大丈夫なの……』って感じだな……

 お袋からすれば、自分は日々武術習得に明け暮れて、間違っても書籍で勉強する様な人間とは思われていない様だ……

「まぁ、今までロクに読書なんてしてないからやり方が分からないんだ……」レイは言う。

「……本当に勉強したいのね……ごめんなさいね……私ビックリしました」マダムユナようやくレイが本当に読書をしたいのだと得心した……そして続ける……「え~と、さっきの話だけど……貴方、三国の歴史を知りたいのよね?」マダムユナは訊く。

「そう、なぜ、この三国が今の様な有り様に成ったのか、そして何故北ラナ島戦争が起きたのか?知りたいんだ」レイは続ける……「戦争が起きた理由がある筈だ、そして、戦争の勝敗によって、その後の三国にどの様な影響が出たのか……」レイはマダムユナの顔を見る。

「……貴方……」マダムユナはレイを見る。

 こんな事を考えているとは思っていなかった。

 確かにレイが人心を読む事に注力していのは、マダムユナも薄々気が付いていた。

 だからジョリーがレイの事を『子供っぽい』と批評していたのに対して、マダムユナはそうは思っていなかった。

 レイはただ伝える方法が長けていないだけで、相手の事を隅々まで観て、コミュニケーションを取ろうとしているのがマダムユナには分かっていたいた。

 ただ剣術・武術に明け暮れて、話術に長けていないだけだ……それは、王都で少し暮らせば改善するだろう、ヤーンの息子なのだから……「貴方、政事でもしたいの???」マダムユナは尋ねる……彼女の声に『畏れ』が感じられる。

 今の御時世、読書をして『学ぶ』という事は平民には有り得ない事だった。

 平民は親から引き継いだ自らの生業を忠実に習得し、世代を繋いでいくという事が肝要だった。

 読書で歴史を学び、国の成り立ちを探るなど……司祭や魔術師の様な、自身の生業に読書が必要な職業の人間のみが行うことだった。

 どう考えても剣匠がする事ではない。

 だから、マダムユナは過去の歴史を学びたいというレイの言葉から、大それた事ではあるが政事でもしたいのかと勘繰った。

 其れならば、読書などして欲しくない『あの様な陰惨な世界にレイを送り出したく無かった』マダムユナは王都や他国から来た魑魅魍魎達を思い出して寒気がした。

 マダムユナにとってそれは戦場より穢らわしいものだった……だから、美しいこの村落まで落ち延びたのだ。

 ある意味、人間こそが化け物だ……

 古の古文書に書かれた魔物や洞窟の奥に居るかもしれない化物等よりも……

 人間は『業』が深い……

 彼女はそう確信する……

 自然界でも悪い出来事もある……日照・獣災・地震・豪雨……数えればきりがない……しかし、悪意は無いのだ……仕方がない事なのだ。

 だが、人間は時に残酷な計画を周到に練り、犠牲者の痛みを自覚し、その上で徹底的に実行する、そういった『悪意』こそが人間のとても悪い側面だ……

 そういった人間は、『権力』『財力』といったモノを信じ、得たいが為に……他者を不幸にする。

 レイにはその様な世界に行って欲しく無かった。

 剣の世界の方がまだマシだった。

「イヤ~……政治なんてどうでも良いんだけどね……」レイはマダムユナの悲壮感を打つ消すような呑気な言葉と共に続ける。

「自分が、剣を持って戦うのは生業だから当たり前なんだが、相手の気持ちや動機が分かったら、戦いが有利になるかもしれないし、もしかしたら戦わなくて良いかもしれない、話し合いで終わるかもしれない……だから歴史を学びたい、敵だった人達の気持ちを汲み取りたい……」レイは矢継ぎ早言う……「剣で勝っても、話で勝っても、勝てればどっちでも良いんだ……例えば殺し合いになる前に自分が有利な立場になり、相手の殺意が削がれればそれでもいい、自身に被害が無いという事、それも勝ちだ……」レイは先程自分が発見した事が嬉しく、珍しく話続ける。

「貴方……」マダムユナは驚いた表情を隠さない……それほどレイの発言は突拍子の無いものだった……『争い』に勝つという事をこれ程までに広範囲に考えている事自体、平民ではあり得なかった。

『やはりレイは本当に宰相にでも成りたいのでは無いかと』マダムユナは勘繰り……怖くなる……「そんな、事を知って……本当に貴方はやっぱり政事がしたいのではないの?」マダムユナは再度訊く。

「う~ん……まぁ確かに、三国の歴史を学ぶなかで、政治は切り離せないよね……他国に戦争を仕掛ける理由も政治が関わって無いとは言えないよね、と言うか、ほぼ原因は貧困・宗教・外交であったとしても戦争開始は必ず政治により行われるのかな……」レイは珍しく饒舌だ。

「……それはそうよ、国家の統治機関である、王族であり、首長であり、その他諸々の機関が号令を掛けるというのは正解だわ……」マダムユナはレイの表情を観ながら、彼の真意を探る。

 そして何故こんな事を考え出したのか?その出自が気になる……「それにしても良くそんな事を思い付きましたね……」マダムユナは尋ねる。

「親父から、剣修行に色々な事を教えられたよ……『戦いは戦う前から始まっている』や『戦いの中で戦いしか考えられないモノは長生き出来ん』とか何とか、あと、三国の基本的な対立関係、若しくは友好関係、云々……」レイ思い出しながら訥々と話す。

『日常全てが戦場である、ヤーンなら言いそうな事……言いそうな……』マダムユナは得心する……

『ヤーン……貴方……既にレイに帝王学染みた教育を施していたのね』マダムユナはガックリと肩を落とす……「お父様が、貴方にその様な事を伝えたのであれば、今度貴方に必要な事なのでしょう、分かりました……お勉強なら、私も手伝いができるでしょう……明日から覚悟しなさいね」マダムは黒く大きな瞳でレイを見ながら言う。

「まぁ、よろしく頼みます」同じく黒く大きな瞳を受け継いだレイが答える。


「さぁ、大した夕食は無いけれど、食べることにしましょう」マダムユナはレイを手招きし、食卓に歩いていった。

 レイは、後を追いウッドデッキに上る。

 そして振り返り、もう沈みそうな太陽を見る。


 日常はこの繰り返し……

 日が上り、そして、日が落ちる……

 国家も建国し、繁栄し、没落し、又別の国家が……巡り巡る……時間を消費しながら、別の国家へと……国家とは何だろう……同じ人間なのに、何故別れて対立する……国家が無ければ争いも無いのだろうか……レイは、今までこの様なコトを考えた事も無かった……


 ……母の後を追い、家に入る……今はあまり考えすぎない様に……何故かそう思う……

 そうでないと、頭が溢れそうだった……

 今まで考えなかった事を立て続けに考えて、頭が煮えくり返りそう……


 考えてを切り捨てて、食事の事を考える……

 これから暫くは旨い飯にありつける……

 喰わねば、頭も働かないだろう……


 旨い匂いが奥より漂って来る……


 あぁ、難しい事を考える事は後だ、レイは匂いに引かれて食卓へ向かい歩いてった……



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