第18話 赤目 序章 終
レイは、山小屋から出て、いつもの鉄球がぶら下がった木に根元に座る。
ゴードンは言葉通り帰った様だ。
もう、いつもの山小屋だった。
しかしレイはゴードンの言葉をそのまま信じていなかった。
「帰るとしよう」と言い、また自身を監視している可能性も大いに合った。
だから、山小屋に居ながら暫くは、周囲の状況を観察していた。
山小屋の周囲はまた、小動物や虫達の鳴き声や羽音、草木の擦れる音で満ちていた。
……レイはようやく、ゴードンが本当に帰った事を認識した。
……ゴードンの話した事はおそらく事実だろう。
レイの両親の事……
王都での事……
ジョリーの事……
だが、ゴードンの言葉をそのまま信じてもいなかった。
正直、あの仕合の時、レイは悩んでいた『殺すべきか』『生かすべきか』先程の状況下、考える事は直前に迫るゴードンではなかった。
『仕合の際に仕合の事しか考えられぬ者は長生きできん……』ヤーンの言葉だった。
ゴードンは真に、ジョリーの父であり俺の実力を計る為に、ここに来たのか……まぁ、この案が最も可能性が高いのだが……もしかしたら違う可能性もあり得た……敵の可能性もある。
可能性は無限に有る……人はその無限の可能性から、『多分これが真実だろう』という理由を自身の知恵と外的要因から憶測するにすぎない。
レイは言葉を信じない……言葉は偽れる。
人間は嘘をつく生物だ。
悪い意味だけでなく……人を思いやって嘘をつく事もある。
レイは知っている。
自身が昨日母親の前で言った様に……『仕合中の行動の方が余程信じれる』……命懸けの行動に嘘はない。
そう考えれば、ゴードンが殺すつもりで、逆を言えば殺されるつもりで、レイと仕合った事は紛れもない事実だった。
彼は自身の命を賭してレイを試したのだ。
『真だな……』レイは確信した。
ゴードンの言葉を信じた。
嘘はない……これはレイの勘だ。
それにレイを殺したいだけなら、この様な回りくどい方法をとる必要は無い。
レイは考え過ぎたと思うが……どちらにせよ、自身の知らぬ所で、大きな動きが有るのは事実らしかった。
『俺の秘密か……』レイは思いを馳せる。
そしてゴードンの出て行く前の言葉が気に掛かる。
『俺や母親を見守っている……』とはどういう事だろう。
ずっと監視されていたのだろうか……幼少期なら気付かないとしても、この年齢まで鍛練してきて、自分はその様な監視に気が付かなかったのだろうか?
レイは過去を思い出しその正体を探るが、どれだけ重箱の隅を啄いても、そんなモノは思い出せなかった。
「……まぁ、いいや……」レイは独り言を言うと考えるのを止めた……切りがない。
取り急ぎは、レイは山小屋で研鑽を重ねようと考えた。
これから起きる、その『岐路』ってヤツに出くわした時に慌てない様に、鍛練を重ねないといけない……親父から受けた鍛練法で未だに実行していないモノもあった。
二周忌までの期間はそれを行うのにもってこいだとレイは考える。
木の根元から立ち上がり、いつも殴られている鉄球を右拳で小突く、鉄球は吊られた太い枝木を支点にして揺れ、レイから離れ、速度がゼロになり、今度はレイに向かって速度を増す。
レイは肩に背負った木刀を抜刀して振り下ろす。
切っ先が鉄球に当たる……が「ガキッ」とも「ゴッ」とも音も立てず鉄球は静かに木刀に切っ先に寄りかかり停止している。
理屈としては、木刀の切っ先を鉄球が激突する際に引き……やんわりと切っ先で受け止めたという行為だろう。
但し、それを実行したスピードが尋常では無かった。
そして、レイは今度は切っ先で鉄球を押した。
結構なスピードが鉄球に付与された、先程とは比較にならない位鉄球は揺れ、レイに標的を定めて向かってくる。
レイは木刀の切っ先を地面に向けて無造作に掴んだまま立っている。
殺意を持ったかの様な鉄球がレイに迫る。
……スッ……木刀の切っ先が起きる。
……鉄球に切っ先が触る。
……コッ……微かな音がした。
……鉄球の軌道が変わる。
……鉄球はレイに当たらず、彼の肩口数センチをすり抜けて行った。
……そしてレイは振り返ると戻ってきた鉄球を再度、切っ先で音もなく受け止めた。
……不満そうな顔を隠さないレイ……「まだ、音がする……」呟く……鉄球を定位置に戻すと、レイは遅い昼飯を食べようと山小屋の中に戻ろうとする。
……刹那、カラスと目が合う。
……雑木の枝に留まったカラス。
こっちを見ている。
カラスはレイを暫し見た後、もう興味が失せたとでも云う様に、毛繕いを始めた。
レイは、カラスを見る。
アイツ……俺を見ていたような……
……考え過ぎか……レイは頭を振り……山小屋に入って行った。
……
……
……
……
……観ている……
……視ている……
……診ている……
……良い息子だ……
……情け容赦のない判断が出来る良い戦士になる……
ソレは思う……
彼は、ソレの悲願を阻む良き障害となるだろう……
そう彼の父と同じく……
日々殺戮を繰り返した我が友よ……
カラスの目が紅く光る……
……そしてカラスは一声甲高く鳴くと
雲一つ無い晴天に漆黒の体を羽ばたかせて翔んでいった……
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