第17話 引導


 ゴードンは自宅の様にさっさとレイの山小屋に入り、近くにあった椅子を引き寄せる。

「……もう歳だな……座らせてもらうよ……」ゴードンは自身の腰をトントン叩きながら、椅子に座る。


 ……レイは、コップに井戸水を入れてゴードンに手渡した。

「すまんな、有難い……」ゴードンは、言うや否やグビグビと井戸水を飲み干す。

「……因みにそなた、王都にはいつ頃来る???」ゴードンはレイに訊く。

「来年の春です……親父の二周忌を済ませたら行く予定です」レイが言うと

「そうか……ヤーンが亡くなってもう二年か、ユナさんはご健勝かな……」ゴードンが遠くを見つめながら言う。

「俺が物心ついた頃からですが、相変わらず足の関節が少し痛むようです……それ以外は健康ですね」とレイが言うと、

「そうだな、ユナさんは王都を出る際に膝を痛めたからな」感慨深くゴードンは話す。

「彼女にとっては、初めての経験だったろう、無理もしただろう、ヤーンと共に生きる事を選んだ為に払った代償だ……それでも彼女は全く後悔していなかった……」ゴードンの視線はどこも観ていない……

 いや、今この現実のドコも観ていない……

 彼は、過去を観ていた……

 あの頃、遠い昔……過ぎ去った日々……

「何があったんですか?どうして王都からここへ移り住んだんですか?」レイは率直に疑問を口にする……ずっと謎だった事だ。

 ゴードンは過去から視線を戻し、レイを見て話す。

「ここに移り住んだ事、それ自体なんと言う事はない、王都に居るより気楽だろうと皆が考えたからだ……お前も知っていると思うが、ヤーンはここに来るまでは王都の親衛隊隊長だった……だがある理由により早期退任した……退任してしまえば、王都に居る必要は無い、望みどうりの田舎暮らしを満喫するという算段だ……」

「ある理由……それはなんですか???」レイは尋ねる。

「ワシの口からは言えん……お前のこれからにも関わる問題だ……お前が観て、考えて、結論をだす事が大事なんだ、他人から教えられる事では無いんだ……カイも言っていなかったか」ゴードンはレイをじっと観る。

「カイ司祭の事ですか……あの人も貴方と同じく、肝心な事は教えてくれませんでした……」

 レイは少し不満げにゴードンを見て言う。

「まぁ、そう言いなさんな……お前の人生の岐路になる内容なのだ、それはお前自身が探し当てて決断することにより、お前の血肉となる……誰でもない、お前自身が見つけることに意味があるんだ」ゴードンは先程までの飄々とした感じから一転して真摯な顔つきで話した。

 レイはゴードンの顔を見ながら、今までを振り返る。

 カイ司祭そしてゴードン、二人とも俺自身が親父の過去を探す事を希望している。

 多分、母さんもそうだ。

「わかりました……親父の過去を探します」レイはそう言い……

「ところで、ジョリーはゴードンさんが教育しているんですか?」レイは尋ねる。

「そうだ、今の所はな……」ゴードンは即答する。

「今の所……ですか……」レイは引っ掛かる。

「ワシとて、もう現役ではない、体力も落ちてきた……何時までもジョリーの相手は出来ん……」ゴードンは寂しそうに言う。

「まだまだ、ジョリーは敵わないと思いますが……」それは手合わせしたレイには分かっている事だった。

「今はな……だが、その内ワシでは手に負えなくなる……そうなってもらわんと困る……」

 ゴードンはそう言うと、

「ありがとう、手合わせ出来て良かったよ……」と言い、飲み干したコップをレイに手渡し際に、

「それでは、王都に来た際はウチに寄るがいい……飯と寝床ぐらいは用意しよう……」ゴードンはニンマリ笑うと、

「では、暫しのさらばだ……っと、そうそうレークライ……」

「レイ、レイと呼んでください……」レイは言う

「おおっ、そうか、ではレイよ、お前は人を斬った事は有るか……」ゴードンは訊く。

「文字道理斬ったという事ですか?或いは殺したという事ですか」

「後者よ……斬るならば殺す事じゃ……」

 ゴードンの目は細く、鋭く光る……

「いえ、未だに人はないです……」レイは慎重に答える。

「そうか……」ゴードンは下を向き、何か考えているようだ……そして、静かに話す、

「嫌な事だが、お前の生業上、いつかは殺人を行うわけだ……因果な商売よ……ワシも似たようなモノだが……殺したくは無いが、殺す時はすべからく殺せ……お主、先程ワシを殺すのを躊躇ってはおらんかったか???」眼光の鋭い小柄な老人がレイを観る、老人の体が大きくなった様な気がする。

 射竦められる……自分より頭二つ小さい老人に、

「……考えました……木刀なら殺せそうだった……しかし蹴りなら、戦闘不能に出来るかも……情報も収集したかった……」レイは正直に答える。

「……フン……やはりな、剣匠で蹴りかと……違和感があったのだ……」ゴードンは不満そうだ……情報収集の為に殺せないというレイの発言はもっともだが……有り体に言えば、実力差により、手加減されたに等しい。

 そしてこの事実はゴードンでもレイの底を計れなかった事になる……しかし、レイの返答はゴードンの考えとは少し違った。

「ゴードンさん、仕合が終わった時も言ってられましたね、『剣匠が蹴りかよ……』とか……」

「あぁ、言ったが其れがどうかしたのか?」ゴードンは不満な顔を変えずに言う……『レイに自身の本業では無い荒事とは言え、殺せるのに殺さず、情をかけられた』事を反芻していた。

 ゴードンの自尊心はその様な行動を中々了承出来ないでいた。

 彼のそんな内面を知ってか知らずか、レイは真剣な顔で言う……

「ゴードンさん……俺にとって、殺せるなら、

 剣でも、拳でも、蹴りでも、投げでも、絞めでも、

 何でも良いんです……あぁ、後、毒でも……」レイはゴードンを見つめる。

 冗談で無いことが、瞳から伝わる……少なくとも『剣匠』と大層な職業名を掲げている者とは思えない……なんという節操の無さだ……勝てれば何でもあり等と……そんな考えは、どちらかと云えば盗賊であったゴードン側の人間の思考だった。

 そして、最後の言葉を聞いて、先程飲んだ井戸水を思い出し、顔色が変わる。

「安心してください……井戸水に毒は入れていません」レイは微笑を見せて言う。

 ゴードンは額の汗を拭い……心に貯めた疑問を口にする、

「ワシの知っとる、ヤーンは正に剣匠として、剣技の冴えで、親衛隊隊長をしていたと……その様な、何でもありの技は……」

「それは、剣匠の表面です……裏は公には見せません……」レイはにべもなく言う。

「……それでは、ヤーンも元々そういった考えという事か……」ゴードンは確認する。

「戦場に於いて、綺麗事など在りはしません、『正義の剣』などという、アルテアの騎士が言いそうな、大層な目標など在りはしません、相手を殺める術が在るだけです……其れが『剣匠』の根本的な考えです……」レイは淡々と言う。

「ヤーンから教えられたのか……」ゴードンは半ば自身への確認の様に言う。

「そうです……親父からです……裏は全ては言いません……言えば殺人術としての意味が無くなります……そしておれ自身も裏の全てを知っている訳では有りません……」レイは喋りすぎたなと言う様な表情を浮かべ……

「まぁ、この位で……」と話を締めくくった。

「……あぁ、そうだな、ワシも帰るとしよう……王都まで帰る時間が無くなるな……」ゴードンは頭の中にモヤモヤした疑問を満載したまま、レイの山小屋を出る……出る間際、レイが、

「……剣技でも体術でも果ては毒殺でも相手にとっては殺された事には違い有りません……どれも『業』は同じです……」ゴードンの背中に言う。

「……確かにそうだな……」ゴードンはそれだけを言いドアを開けて出て行こうとしたが、思い出したかの様に振り返りレイを見る。

「レイ……真実を知り、お前は人生の岐路に立つ……どちらを選んでも、ワシらはお前を非難せん……そしてお前の回りには見えない力がいつも、お前を見守っている事を忘れないでくれ……」

「?どういう意味ですか……守って貰う義理など無いと……」レイは困惑しながら答える。

「お前さんだけではない、ユナさんも……ワシらは見守っている、安心して王都に来るが良い」ゴードンはレイの質問には答えず……山小屋から出ていった。


 ……山道を素早い影が走る……


 ……凸凹した山道とは思えないスピード……

 ……ゴードンは平気の表情で速度を維持して走る……

 一般人なら全力疾走かのスピードだが、彼にとっては流している程度だ……

 特徴的な走り方……右手と右足、左手と左足が交互に前に出ている様に見える……

 一般的は走法は右手と左足と、左手と右足が交互に出る筈……

 ゴードンにとってはこの走法は負担が軽減されるらしく、走りながら今日のレイとのやり取りを考えていた。

 ゴードンは自身がレイを『剣士』として認識していた事を改める……彼は『剣士』というには何でもあり過ぎた。

 そして、この若者を正直、『禍々しい……』と思った。

 まだ、二十歳にも満たないこの男……

 どういう教育を受ければ……この様な思考に至るのか……また、その教育を施したのが、ヤーンだったという事……ゴードンの知るヤーンは明快で大雑把、誰とも仲良くなるという特異な気質を持った剣士という印象だった。

 この様な、毒殺まで考える……人間では無かった……筈……彼、ヤーンの内面を知らなかったのだろうか……ゴードンは過去のヤーンを必死に想いだし、その形跡を探る。

 自身の記憶の倉庫のどこを探しても、ヤーンは快活に笑い、陽気に酒を飲む偉丈夫でしか無かった。

 彼の明るく裏の無い人間性に、ゴードンは盗賊稼業で荒んだ気持ちを洗われた思いがしたものだった。自分には無い、清廉潔白さ……

 其れがヤーンに観たものだった……

 間違っていたのだろうか……

 薄暗い稼業で色んな人間を観てきたゴードンだから、人を観る目は人一倍鍛えたつもりだ……その自負は揺るがない。

 ゴードンはレイを見極める事を今回の事で、結論付け無いと決めた。

 もう少し様子を観る。

 なにせヤーンとユナの子供だ。

 あの二人が、間違った子育てをするわけが無かった。

 ゴードンはレイがこれから直面だろう災厄に多くの仲間との絆を用いて立ち向かえる人材に成り得るだろうか……と思う……成って欲しい。


 あの娘の命運もそこに掛かっているからだ……我が娘ジョリー……

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