第11話 闇夜の訪問者

 レイは自宅付近まで走って帰ってきた。

 そしてマダムユナの家のかなり前から、足音を消して家のドア横の窓の死角に入った。

 お袋以外の人影が見えたからだった。

 足の悪いお袋とは異なる歩き方だった。

 片足を引き摺っていない。

 またお袋は女性にしてはかなり背が高い。

 今見た人影は中背位だった、一瞬、ヨシュアかとも思ったが、彼女はもっと小柄だ……

 しかしレイは、何かを確信して隠れるのを止め玄関に近づいた。

「お帰り~」見知らぬ女性の声が朗らかに闇夜を切り裂き聞こえてきた。

「ただいま」レイは玄関を開けて見知らぬ声にごく普通に返事をした。

「お帰りなさい、レイ」これはいつものお袋の声。

「ただいま……」レイはいつもの様に返事をする、そして見知らぬ客を見た。

「忘れ物だ……」レイは客の顔を見ながら言い、同時に先の折れた飛び道具を渡した。

「無くしたかと思ってたわ、見つけてくれてありがと!」と客は呑気に武器を受け取った。

「?レイ、ジョリーにお会いしたの?」お袋は目を大きくして聞いてきた。

「ああ、さっき、道端で出会った、名前までは聞いていないけど……」レイは答えると、

「こちらはジョリー、お父様が王都にいた時にお世話なったスカウトギルドの娘さんなのよ、私もジョリーのお父さんには良くして貰ったの、懐かしいわ」

 お袋はジョリーの紹介と共に、懐かしい過去を思い出したのか、美しい顎を少しあげ、遠くを見つめながら話した。

「お父さんからヤーンさんとユナさんの事も聞きました、こちらこそお世話になったって言ってました、こんな夜中に突然来てどうもすみませんでした」ジョリーと呼ばれた女性は朗らかに感謝を述べ、可愛くお辞儀をした。

「あら、いえいえ、良いのよ来てくれてありがとう、お世話なったにはこちらよ、王都を出る際は本当に有り難う御座いました」マダムユナはジョリーの肩に両手を添えて感謝の言葉を述べた。

「そう言えば、レイ、貴方は彼女に自己紹介したの?」マダムユナはレイに聞いてきた、

「いや、未だだ」レイが答えると、

「駄目ですよ、レイ、礼を失してはいけません」と言い、レイに自己紹介を促した。

 あの状況で、自己紹介か?!レイは可笑しくなった……ただ、自己紹介より濃密なコミュニケーションは取った気がする。

 名前は教えてもらえなかったが、彼女の身体能力・技量・判断力については先程の仕合でしっかり調査済みだった……中々の手練れだった。

「レークライ、レイと呼んでくれ」とレイは言った。

「ジョリーです、どうぞよろしく」ジョリーは笑顔で応えた。

「あんたはスカウトか?」レイは尋ねる、

「そうよ、お父さんから直伝」ジョリーは即答した。

 スカウトは、簡単には言えば、盗賊に近い職業だが、平和な世の中で、盗賊と言うと、どうしても聞こえが悪く、スカウト=斥候と言っているのだった。

 親父が現役の頃は普通に盗賊ギルドと呼ばれており、旧世代の遺跡の盗掘等、盗賊らしい仕事もしていたが、今のスカウトギルドの業務とは基本的に政から依頼された国内外の情報収集と天災時の初期対応や人命救助という内容に表向きは替わっている。

 レイとジョリーは二人して、ウッドデッキの方に行き、台所で飲み物の用意をしているマダムユナから距離を取った。

「何故、俺を試した」レイは小声で言った。

「合格だわ」ジョリーは言った。

 ……会話になって無いが、二人の中では通じている様だった。

「何故分かったの?」今度はジョリーが質問した。

「草が擦れる音がした、投擲時の服が擦れる音もな、飛び道具を避ける際の前転時に目視であんたを確認した」

 レイは返答した。

 パチパチパチ、ジョリーの拍手だった、

「お見事、けど、私を追わなかったよね、」

「無駄だ、あんたの走行速度から間に合わないと判断した、こっちは軽量でも金属鎧を着てるんだ、追いつけん……それにあんたを捕まえなくとも逃げるあんたから、大体の情報は得た、またあんたがオトリの可能性もある 」レイは答えた。

 ジョリーは大きな目をパチパチさせて、

「……面白いわね、貴方……」と言った、諦めが早いというか、剣匠とはこういう者なのだろうか、普通なら、犯人を追いかけそうなものだが、確かに彼は私の投擲位置に行く前に既に追いかけるのを諦めていた。

「あんたは、木上に隠れていたんだな、俺に近づく足音がしなかったのはそのせいだ、あんたは、木から投擲位置に降りたんだ、あの大木は常緑樹だ、秋でも繁った木の葉は、あんたを隠すだろう」レイは確認するようにジョリーに言った。

「だが俺が、もう一度お袋の家に戻ることも知っていたな……いつ情報を得た」レイは質問した。

「貴方が夕食後マダムユナの家から出た後、私は木上から家を望遠鏡で監視していたわ、そうしたら彼女が押入れから寝具を出していたのよ……貴方の為の寝具でしょ」ジョリーは答えた。

「俺は泊まるつもりは無かったんだがな……」レイは頭をボリボリかきながら言った。

「マダムユナは貴方が来てくれてとっても嬉しいみたいね」ジョリーは少し悲しそうに言った。

「戻ろう、お袋がこっちを見ている」レイは言い家の中に戻った、ジョリーもついていく、途中何の気なしに振り替えると、1件の家の窓に人影があった……こっちを見ている様な気がしたが、それも一瞬、人影は窓から離れて見えなくなった。

 ジョリーが振り返るとマダムユナが、居間にレイと一緒にベッドを置いていた。

 昨晩から先程までジョリーはずっと木上にいた、昨夜は身体と木を縛り落下しないようにして寝たていたのだ。

 諜報活動を依頼された際はもっと困難な環境下で数日を過ごす事も多く、木上で1日寝る程度は何でもなかったが、今日は久しぶりにベッドで寝れるし、上手く行けば、朝飯にもありつけると思った。


 ちょっと嬉しかった……

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