第10話 索敵訓練

 レイは一人、村の道を歩いていた……家々の仄かな灯りがついていたが……歩く道は暗闇に覆われている。

 村の外れの四辻まで来た……レイから見て左側の道が王都に行く道、右側はソヤ山に戻る道、そして、真っ直ぐの道が隣国のアルテアに行く道だった。

 アルテアは、王家直属の騎士団の勇猛さで知られている。

 防具は腕や腰から腿までが鎖帷子で、胸部が大きめの鉄板で造られたスケイルメイルと半身を防御できる大きめの楯、武器は主武器に槍と副武器に片手剣いうのが、彼らの一般的な装備だった……剣匠よりはかなり重装備であり、馬上での戦いも考慮して、リーチのある槍が好んで使われた。

 アルテアの騎士が一度、親父を訪ねて来た事があった……スケイルメイルの上から、アルテアの紋章の入った前掛けを着けていた為、すぐに分かった。

 騎士は親父と親しげに話し、親父と同じくらいゴツい拳で、挨拶がわりに彼の肩をゴンゴンと叩いていた……旧知の友らしい……お袋が、騎士にお茶を出していた……レイが子供の頃の記憶だった。

 あの騎士にもいつか、親父の過去を聞きに行く事があるかもれない。

 レイは昔の事を思い出しながら、四辻の真ん中に立った……振り返り村の方を見た……まだ、就寝までは時間がある……家々の中からは、話し声や、歩く音、果ては子供同士の喧嘩声まで微かに聞こえる。

 レイは足元だけを見ながら村の中心に向かって歩き始めた……ゆっくり、ゆっくり歩いて行く……その際、近隣の家の情報を耳と鼻とで確認する。

 1軒目は、ターダ婆さんの家だった……家の中からは殆ど音がしない……それでも注意して聞いていると…紙をめくる音がして来た……本か何かを読んでいるようだった……時々咳も聞こえてくる……婆さん風邪でも引いたのだろうか??

 2軒目に向かう……ボリス一家の家だった……食事中である事が匂いからわかる……そして子供の喧嘩声はここからだった……キーナとハルだった……母親のナナさんが「静かにしなさい!」と言っても一向に収まる気配が無い……そんな時、隣の家まで聞こえそうな大声で、「喧嘩はやめんか!!!」と一喝、子供達の喧嘩声は止み……その後、ゴツンという音が2回聞こえた。

 一家の主人ボリスの声だった。

 そして、今度は泣き声に変わった子供達に、ボリスの「泣くんじゃない!!!」という声が響いた……子供達がピタリと泣くのをやめた……その後何かを擦る様な金属音が2回……ボリスの声で、「食べなさい……」と言った……どうやら……食べ物の取り合いで喧嘩した子供達にボリスが自分の分をあげたらしかった。

 雑貨屋を営む一家の大黒柱は厳しいながらも愛情のある男の様だった。

 遠くで、一軒目のターダ婆さんが、窓際に立っているのがわかった、本めくる音が暫く前から途絶えていた……ボリスの声が気になったのだろう。


 ……こんな訓練だった……


 コレが訓練??アルテア騎士団なら笑うだろう……剣士が剣も持たずに、何が訓練かと……今までは、ソヤ山中で動物相手にやっていたのだ……今日は対人間で出来る良い機会だった。ただ……初めて村でしてみたのだが、村の皆の個人的な事をこちらが勝手に聞いている事はあまり気分の良い事では無かった。

 効果的かもしれないが、この訓練は村では止めようとレイは思った……親父はこの訓練をレイに教える際にこう言っていた。

「戦場は全方向に広がっている……人間はどうしても視野にたよりがちだ……それは危険だ……それでは目が見えなくなったら我らは死ぬしかないのか??……剣匠は盲目でも戦える様にならなければならぬ……」生前ヤーンはそう言いい、次いで、

「剣が無くとも……

 足が無くとも……

 手が無くとも……

 耳が聞こえなくとも……

 匂いが嗅げなくとも……

 目が見えなくとも……

 戦いに勝つ方法を学ぶのだ……

 相手を観る方法が一つでは駄目なのだ……

 様々な方法で、相手を観るのだ……

 さすれば、目が駄目になろうとも戦える」と言った。


 ……はっきり言って正気の沙汰じゃない……とレイは親父の言葉を聞いて思った。

 一般の人間からしたら正にその通りだろう……元々剣匠は常住座臥、戦いの事しか考えない人種だが……ヤーンはその中でも正に常在戦場の人間だった。

 レイは、親父の苛烈な言葉を思い出しながら、次の家に向かおうと歩き出した。


 だか、微かに左後方の草叢で何がが擦れる音。

 刹那、レイは左斜めに前転して草叢にうつ伏せ。

 前転途中にダガーか短剣の様な武器が、レイの胴体があった場所を通り過ぎたのを目視。

 ……と同時に武器の進行方向から、投擲された方角を索敵。

 ……何者かが、もう気配を消す事なくザッザッザッという足音を立て、全速力で後方へ走り去って行くのが見えた。

 もう、既に相手の姿は親指程度の大きさになっていた。

 走行速度と金属音が無い事から考えて、鎧は着ていないか、着ていてもレザーメイル程度と思われた。

 付与魔法で、消音している可能性もあるが……ここまで確実に消音は出来ないだろう。

 レイは追いかける事は早々に止め、敵の投擲場所来て足跡を見た、大きな木のすぐ下に投擲の際の足の踏み込みが地面に付いている。

 足裏のサイズと両足のスタンスから考えて、投擲した人物は小柄な人物だろう、そして走り去っていく影から女性の可能性が高かった。

 そして、今度は飛び道具の落下地点に足を進めた。

 飛び道具は、街路樹の一本に当たり道に落ちていた……木が当たった場所に傷が付いている。

 飛び道具は刺さる事なく木の根元に落ちていた。

 レイは飛び道具を拾い上げた。

 棒手裏剣か苦無に似ていた。

 ただ飛び道具には刃の部分が無かった、本来、突き刺さり殺傷する部分が意図的に折られていた……どうりで木に刺さらない訳だ。

 レイは納得して飛び道具を上着のポケットに入れ立ち上がった、多分敵ではない、殺すつもりなら刃を折る必要がない、狙いも胴体ではなく頭部にするだろう。

「...技量を試された……」レイ独り呟いた、可能性は少ないがお袋に被害が及ぶことが心配だった……レイは帰路を急いだ。

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