第7話 旅立ちの準備

 オキ村長は、60歳後半のハゲ頭で、顔下半分がうっそうとした髭で覆われた体格の良い老人だった。

 村落を見渡せる高台に家を構えており、口数は少ないが、面倒見のいい村長で皆から慕われていた。


 レイは村長宅のドアをたたき、来訪を伝えた……

 中から、「おーい、どなたじゃ……」と村長の声。

「レイです、マダムユナの息子レイです」レイは大きな声で答え、ドア開けた村長に深々と礼をした。

「レイ、久しぶりじゃの、今日は珍しく、村に降りて来たのか??」村長はレイの肩をたたき、そのまま、室内に招き入れた。

「婆さん、レイじゃ、なにか飲み物出してやってくれんか」村長は台所向かって言った。

「まだ、婆さんじゃない!」「レイ!!」台所の開いた扉から顔だけ出して、奥さんは村長をひと睨みしてから、レイに笑いかけた。

「……もう、ええ歳じゃろ……」村長はレイにだけ聞こえる声で言った……村長は大木を真っ二つにしたテーブルの周囲に置いてある、これまた、丸太を削った様な椅子に座り、レイにも座る様に促した……着座してしばらくすると、三つのカップにコーヒーを淹れ奥さんも椅子に座った。

「また、大きなったなー」村長の奥さん、ホリーさんはそう言いながら、コーヒーをテーブルに置いた。

 ホリーさんは男勝りな性格で、お淑やかなレイの母とは正反対だったが、何故か馬があったのか、村落で一番最初のマダムユナの友達だった。

「ユナちゃん……ヤーンの二周忌の準備始めるって言ってなかったかい??」

「あっ、言ってたよ……俺にも手伝えって、朝言われたよ」レイは答えた。

「そりゃーそうだ、息子のアンタがやらんでどうする!」ホリーさんはそう言って、レイの肩をバンバン叩いた……肩を叩くのが、好きな夫婦だった。

「わかってるよ…」レイは肩の衝撃が、脇腹に痛みとなって響いてくるのに眉を顰めた。

「なんだい、こんな程度で、痛がって」とホリーさんは言い、「ヤーンなんて、腕の縫合手術中も、この爺さんと、将棋うってたんだから」ダメだね、と言う様な顔で、レイを見た。

「許してくれよ……朝の訓練で……脇腹やってんだから……」レイは事情をホリーさんに説明して、もう叩くのは勘弁してくれと言う様に、手を合わせて頼み込んだ……

「まぁ、後からヨシュアにもやられたってのかい!運が悪いねー、まぁ、あの子はそうゆう勘が凄く良いからね、気を付けな」ホリーさんはケタケタ笑いながら、またレイの肩を叩いた……

「ホリーおばちゃん……頼むよ……」レイは涙目になって、脇腹をさすった……流石にホリーさんも流石に「ごめん、ごめん、癖なんだわさ」と言い、レイに頭を下げた。

「ところで話は変わるんだけど…」レイはこのままホリーのペースに巻き込まれない様に、苦痛を我慢しながら、機先を制した。

「あの……村長、ホリーおばちゃん、すまないんだが、来年の春から俺は王都に行くことになる……ついては、母親の相手というか……一人だと寂しいと思うんで……話し相手というか、今もして貰ってるんだが……何があったらお袋の面倒を見てやってくれないか……」レイは歯切れ悪く言った。

「わかってる」「わかってるわよ」村長とホリーおばちゃんは同時に答えた。

「アンタに言われんでも、そのつもりじゃ……」「じゃか、マダムユナより、年上のワシらに頼むとは」村長は笑ってレイの手を取った。

「大丈夫だわ……ちゃんとお前の代わりに、マダムユナと仲ようやっとくわい」村長はウインクしながら、レイに言った。

「!!痛っ……」村長は突然椅子から立ち上がった。

「アンタ!!ユナちゃんに手で出したら、タダじゃおかないよ!!」ホリーさんがテーブルの下で、村長の腿を思いっきりつねっていた。

「わかっとるわい!!ホリーいい加減にせい!!」村長は腿をさすりながらホリーに怒鳴った。

「まぁ、取り敢えず、マダムユナの事は任しときな!」ホリーがニコリと笑いながら言った……

「色々、世話かけると思うけど、宜しく頼みます」

 ……レイは、この夫婦がいて本当に良かったと思った…この二人の暖かさと、楽しさは、これからもお袋の心の拠り所になる……それは親父が死んでから2年間で嫌という程感じていた。

 村長さん一家だけでは無かった……ヨシュア一家も、また村の皆も、お袋が悲しみから立ち直るのを根気よく待ち、無駄な共感も伝えず…ただ、近くで見守ってくれていた。

 それは、多分……第一次北ラナ島戦の傷跡が、村民に深く残っているからだった……村民の多くが、息子や、父親、親族を戦で亡くしていた……彼等は中途半端な悲しみの共感など、相手の心をかき乱すしか無いと分かっている。

 だから相手の心の嵐がほんの少しでも収まるまで……

 じっと待つのだ……

 ただ側にいてあげる……

 それでいい……

 彼等自身がそうだったから……


 ……この人達にお袋を預ける事が出来て本当に良かった……

 心配事の種が一つ消えた気がした……




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