第51話~クラリス風水餃子~
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「
姉の店でコーヒーを楽しんだ後は、いつものように新宿に戻って仕事だ。
今日は木曜日、人の入りは多くないとは言えども、それでもお客さんが来るときは来る。
最近はもう週に一度くらいのペースでやってきている津嶋さんが、ジョッキになみなみ注がれた生ビールをぐびりと呷っていた。
「っはー、仕事で疲れた後のビールはやっぱり美味いっ!」
「今日もお仕事お疲れ様です……はい、こちらお通しです」
疲労困憊といった表情で津嶋さんがジョッキを置くと、その隣にことりと、お通しの小鉢を置く僕だ。
小鉢の中で、僅かなスープと共につやつやと輝く、白く三日月形をした水餃子が二つ、存在を主張している。
いつもと毛色の違うメニューに、津嶋さんの瞳が小さく開かれた。
「今日のお通し、なんか変わってるね?」
小鉢の中から水餃子を一つ摘まみ上げてしばらく眺め、ぱくりと口に含む津嶋さんに、僕はにこやかに説明を開始した。
「本日のお通しはクラリス風水餃子となっております。
僕達の元いた世界に、ブレットという小麦粉を練った皮でジャガイモや挽き肉などを包んで茹でる、水餃子みたいな料理がありまして……今回はそれを取り入れました」
「へぇ……もちもちしていて、美味い。でもどの辺がクラリス風なの?」
話に聞き入りながら、早速もう一つの水餃子に手を伸ばす津嶋さんだ。掴みは上々、ちょっとだけホッとする。
本当なら餃子の中に詰めるタネを見せた方が早いのだろうが、そこはぐっとこらえる僕が指を二本立ててみせる。
「ブレットの基本形はマッシュしたジャガイモと挽き肉、タマネギなんですが、ここに国によって色々と違うものが入るんですよ。
僕の出身であるシュマル王国では刻んだ茹で卵が入って挽き肉が鶏になりますし、南方海域のアグロ連合国ではショウガがたっぷり入ります。そして、大陸西方に位置する神聖クラリス帝国のブレットには、茹でた大麦が入るんです。
タネの中に、ちょっと歯ごたえがあるでしょう?」
「あー……これか、なんかぷちっていうかむにっていうか。大麦かー食べたことなかったなー」
二つ目の水餃子を注意深く噛んでいきながら、津嶋さんが数度頷いた。箸を置いて、再びビールのジョッキに手を伸ばす彼の姿に、僕も微笑みが零れる。
チェルパの水餃子とも呼べるブレットは、陽羽南を営業していくにあたっていつかは取り入れたかった現地メニューだ。チェルパの世界全体で広まっているこの料理は、僕達としてもだいぶ親しみやすい。
世界各地のブレットを全部試作してみて、試食した僕達スタッフと政親、宗二朗が一番「美味い!」と褒め称えたのが、このクラリス風だ。
材料はジャガイモ、豚挽き肉、タマネギ、茹でた大麦、塩とバジル。水餃子と銘打っているが、実態はイタリアのラビオリなどに近いかもしれない。
これを今日は鶏ガラスープで茹でて、お通しとして提供している。
「これ美味しいなぁ、メニューに入る様になったりしないの?」
「今日は試験的にお通しとして提供しているので、皆さんからの評判が良ければメニューに入るかもしれないですね」
笑みを零しながら、僕は小鉢に水餃子をよそっていく。何人か新しく来店した人も着席して、お通しを待っている状況だ。
小鉢を盆に乗せてカウンターの上に置くと、津嶋さんは小鉢とジョッキをカウンターの際に置きながらメニューに視線を巡らせた。
「これも、グスターシュも、チキンボールも、南蛮漬けも……どうせならもっと色々、マウロさんの世界で食べられている料理を食べられたらいいなーとは思うんだよね。
折角異世界をモチーフにした居酒屋、って銘打っているんだし」
「あはは……もっと色々、紹介できてこちらでは物珍しいような料理があればいいんですけどね。
1席様と3席様とB卓様、お通し出まーす!」
次に頼むメニューを選びながら、言葉を零す津嶋さん。
カウンターの上に新しく来店したお客様分のお通しを置くと、僕は空のジョッキとお通しの小鉢を下げながら小さく笑った。
実際、チェルパで食べられている料理で、日本に馴染みがないであろうもので、まだこの店で紹介していない料理はいくつかある。
マッシュしたジャガイモに切り分けたパンを混ぜ込み、ソースをかけて焼いたパタータ・パーネはここでも作れると思うし、すりおろしたローズビートを小麦粉と混ぜて成形して焼いたバテメンミッテは大根餅の応用だから居酒屋メニューで人気が出るかもしれない。
しかしそれらをのべつ幕なしにメニューに載せたとしても、受け入れられなければただのゲテモノメニューになってしまうわけなので。
試作と試食を重ねて、これなら売れると確信をもって言える料理でないと、なかなかお店のメニューにはならないのだ。
国立冒険者ギルドの食堂を預かっていた時も、今こうして自分の店を持っている時も、その点についてはさして変わらない。
「(もし今の僕がシュマルに帰って、日本の料理を提供するような料理屋をやったとしたら……果たして故郷の人達に、僕の作る料理は受け入れられるのだろうか)
B卓様生2出まーす!」
B卓様の生ビールをジョッキ2つに注いで、カウンターの上に置きながら、僕は思案を巡らせた。
いつか、僕達の誰かや姉が地球とチェルパを行き来できる術を手に入れたとして。
僕がチェルパに、理想を言うならシュマルのどこかに、料理屋を作る機会があったとして。
日本仕込みの料理の腕や日本らしい料理を振る舞う機会があったとして。
果たして世界に、それは受け入れられるだろうか。
しかし。僕は思うのだ。
『
この「
だが、この先もしも。「
そのチャンスを逃す手はないな、と、思うのである。
「B卓様あんかけ豆腐とピクルス入りましたー!」
「3席様ウラカスミ一合入りましたー!」
「ありがとうございまーす!」
そんな未来の展望を描きながら、僕は今日も店長として仕事に精を出す。
店内にまた一つ、乾杯の発声とジョッキのぶつかる音が響き渡った。
~第52話へ~
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