第4話~地鶏串焼き盛り合わせ~
~新宿・歌舞伎町~
~地鶏専門店「山口農場」~
買い物して、休憩して、たっぷり遊んで。
休日を満喫した僕達は、皆で夕食を取ることにした。
しかし新宿の街は右を向いても左を向いても飲食店ばかり。どこに入ろうか迷っていた時に、目についたこの居酒屋に入ったわけだ。
「いやー、今日は楽しかったねぇ」
「そうだな、たまには今日みたいに外に出て遊ぶのも悪くねぇ」
パスティータがニコニコしながら言うのに合わせ、アンバスがニヤリと笑う。
ちなみにアンバスは朝食の時間を過ぎても起きてこず、昼前に部屋に起こしに行って合流したのだ。
「それにしても、本当にこの街は遊べるな。まだまだ遊び足りないくらいだ」
「そうね、気になるお店もたくさんあったし、もっとじっくり見て回りたいわ」
シフェールの言葉にエティが頷く。二人の傍らには服屋で購入した洋服を入れた袋が、その存在を主張している。
服を選んでいる時の二人は実に楽しそうだった。女性が楽しそうにしているのはいいことだ。
「まぁ、新宿は家から近いんだし、また来たくなったらいつでも来ればいいさ」
僕が目の前のグラスをつついて言うと、皆小さく笑って頷いた。
と、そこで店員が飲み物を持ってくる。
「お待たせしましたー、モヒートと、角ハイジンジャーでーす」
ミントの入った細長いグラスをエティの前に、亀甲模様のジョッキをシフェールの前に置いた店員は、一礼して戻っていく。ああいう所作は見習いたいものだ。
全員の飲み物が来たことを確認すると、僕は日本酒のグラスを持ち上げた。それに続き、アンバーが焼酎のショットグラスを、パスティータがストローの刺さったオレンジジュースのグラスを手に取る。
「それじゃ、明日からまた仕事を頑張ろう。今日はお疲れ様!
「「
グラスを突き合わせ、ぐっとあおる。一度でショットグラスを空にしたアンバスが、勢いよくグラスをテーブルに置いた。
「っかー、美味い! やっぱ強い酒はいいな!」
「飲みすぎて倒れるんじゃないぞ?」
上機嫌なアンバスに、シフェールが冷たい視線を投げる。アンバスは大酒飲みだが、決してうわばみではない。そこの辺りは僕達も充分に承知していた。
「ふふ……そうだな、明日は仕事もある、飲みすぎはよくない」
「わーってるよ、うっせぇな」
くつくつと笑う僕に、不貞腐れたような視線を投げるアンバス。まぁ、当人が分かっているなら兎や角言うこともない。
「お待たせしました、お通しのキャベツと、漬け物盛り合わせでーす。
キャベツにはこちらのなめ味噌をお付けください」
そのタイミングで店員が、キャベツがこんもり盛られた皿と、漬け物が盛られた皿を手に持ってきた。
キャベツの皿の傍らに、蓋のついた小さな壺を置く。この壺の中の調味料を付けて食べろということらしい。
「ほー、なるほどな……あ、すんません、イッコモンをおかわりで」
「一刻者のショットですね、かしこまりました」
にこりと微笑み、懐に入れた端末を操作して、店員は去っていった。
「あの機械便利だねー。わざわざ書かなくてもいいなら、うちの店でも導入できればいいのに」
「便利なのはいいけれど、使い方を覚えるまでが大変よ。伝票に書くならその場でペンを走らせるだけでいいもの」
パスティータが店員の持っていた端末を羨ましそうに見るが、エティは対して心配そうだ。
あの手の機械は手間こそかからないが、押し間違いや選択ミスなどの間違いも容易に発生する。使い方を身に付けるのにも時間がかかることを踏まえると、既にある程度慣れている伝票を取る形式がやり易いのも事実だろう。
「その辺りは、まぁ、店長の判断次第とも言えるだろうな。まだうちの店はオープンして間もないし、店長に言ってみたらどうだ?」
「うん、そうだね! あ、そろそろ食べようよ」
僕の言葉にパスティータがパッと笑顔を見せると、盛られたキャベツに手を伸ばす。
それを皮切りに、皆が料理に手を伸ばし始めた。
このキャベツ、実に新鮮だ。歯応えもいいし瑞々しい。なめ味噌との相性も抜群、お通しながら侮れない。
「お待たせしましたー、スパイシーポテトフライと一刻者でーす」
店員が次の料理を持ってきた。ポテトフライ、僕達の店のフライドポテトと異なり、細長い形で切られている。
「こんな形で切るフライドポテトもあるんだなー……あっ、うめえ」
ポテトをつまんで口に放り込んだアンバスが感嘆の声を上げる。
なるほど、ピリッと来る辛さの後に旨味がしっかり主張してくる。これはビールに合うことだろう。
運ばれてくる料理を食べ食べ、ドリンクを飲み、足りなくなったら注文し、程よく全員のお腹がこなれた頃。
両手に皿を持った店員が、僕達のテーブルに近寄ってきた。
「お待たせしましたー、地鶏串焼き盛り合わせでーす」
テーブルの上に皿を置く。中にはチリチリと脂の焼ける音と、香ばしい匂いを漂わせる串焼きが、合計で10本、整然と並べられていた。
おぉっ、と声を漏らすパスティータとアンバス。気持ちは分かる。これは感動ものだ。
「こちら、左側からもも、ねぎま、ぼんぢり、砂肝、レバーとなっております。串から外す際は、こちらのフォークをご利用ください」
箸立てに入れられた小さな二股のフォークを取り出して串焼きの皿に置き、店員は一礼して去っていった。
早速僕がフォークを手に取ると、アンバスがそれを止めた。
「まぁ待て待てマウロ。こういう串焼きは串から直接食らうのが醍醐味ってもんだろ」
そう言いながら先んじて砂肝の串を手に取るアンバス。僕は納得できない表情でその様を見つめた。
「こっちのお皿は串で取って、もう一つのお皿は串を外してお箸で食べればいいわ。そうすればどちらも楽しめるでしょう?」
「……まぁ、それもそうか。そうしよう」
エティになだめられ、僕はももの串を手に取った。パスティータがぼんちり、シフェールがレバー、エティがねぎまの串を手に取る。
そして全員が一斉に、串の肉を口に含む。その瞬間全員に電撃が走った。
「「美味い!?」」
「なんだこれ、めっちゃ美味い!」
「レバーも癖がなくトロトロだ……なんだこれは」
「ふぉー、脂があまーい!」
絶賛の嵐である。無理もない、僕達がお店で取り扱っている串焼きよりも格段に美味しいのだ。
鶏の専門店と謳うだけのことはある、ということか。
「地鶏串焼き、って言ってたよな……やはり肉が違うのか……?」
そうこぼしつつ店のメニューを改めて確認する僕。と、メニューの最初のページに「地鶏」についての説明が書かれていた。
「『自社ブランド農場でのびのび育てられた地鶏!徹底した衛生管理を行い、愛情たっぷりに育てています』……なるほど」
把握した、それだけ丹精込めて育てている鶏なら、美味しくない筈がない。
やはりこの世界は、いや、この国は凄い。食材に愛を注いでいるのが、ありありと分かるのは素晴らしい。
「串から外しちゃうわね」
エティが椅子から立ち上がって、もう一つの皿に乗った串焼きの肉をフォークで外す。
程なくして皿の上に肉が並ぶと、一斉に箸が伸びた。
「(僕達のお店も、お客さんにこんな具合に喜んでもらえるよう、頑張らないとな……)」
レバーを食み、じんわりと身体を満たしていく美味しさを感じながら、僕は決意を新たにするのだった。
~第5話へ~
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