異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

前幕~パーティーが居酒屋店員になるまで~

前幕・1~窮地~

 ヴァリッサ洞窟に潜む巨獣を退治せよ。

 シュマル王国・国立冒険者ギルドに一通の依頼が舞い込んだ。

 退治に名乗りを上げたのは犬獣人の魔法使いをリーダーとするAランクパーティー『三匹の仔犬トライピルツ』。

 パーティーは旅支度を済ませ、傭兵を雇って人員を補充すると、意気揚々と王都を出発した。


 そう、よくある普通の依頼のはずだったのだ。



~シュマル王国・ヴァリッサ村近郊~

~ヴァリッサ洞窟・奥地の空洞~



 竜人の巨躯が、巨獣に派手に吹き飛ばされる。

 洞窟内の空洞は広く、遮蔽物のない戦いやすい空間だが、それゆえ吹き飛ばされると止まらない。

 金属の鎧と岩が激突する派手な音に混じって、戦士のくぐもった声が空洞内にこだました。


「アンバス!!」


 兎獣人の僧侶が吹き飛ばされた戦士に駆け寄る。遅れるようにして他の仲間も。

 戦士――アンバスは派手に打ちのめされた身体をどうにか起こして、ゆるく頭を振った。


「畜生、痛ェ……骨の数本イったかと思ったぜ」

「生きているならいい。エティ、早急に回復だ。このままでは……」


 アンバスの方に背を向けたまま、矢を放ち続けるエルフの弓兵の声を受け、僧侶――エティが回復魔法の術式を紡ぐ。

 そうする間も巨獣は休んでくれない。弓兵の放つ矢を跳ね返さんばかりの勢いで、こちらに突進してきた。

 意を決して弓兵の前に出て、僕は杖を構えた。


「止めるぞ! シフェール、下がれ!」

「待てマウロ!」


 弓兵――シフェールの制止の声が飛ぶが、下がっている暇はない。

 巨獣の姿を真正面に捉え、僕は吼えた。


『グアン・グラント・ヴァーラース、大地の城壁よ来たれ!!』


 術式を紡ぎ、杖で地面を一突き。

 たちまち巨岩がせりあがった。そのまま四方を囲まれ、巨獣の姿が見えなくなる。

 岩の中から、巨獣が体当たりする音が絶えず聞こえている。狭い空間に閉じ込められ、勢いがつけられずにいるようだが、魔法も永続ではない。


「ヒューッ、マウロの魔法はやっぱすごいや!」

「油断するなよパスティータ、僕の魔法もいつまで持つか分からない。エティ、アンバスの回復は!?」


 エルフの盗賊――パスティータの感嘆の声に鋭い口調で返しながら、僕――マウロは後ろを振り向いた。

 ちょうどアンバスが巨体を起こすところだ、どうやら回復は完了したらしい。


「問題ない、痛みは治まってるぜ」

「よし、荷物はあるな! 逃げるぞ!!」


 僕が号令をかけたその次の瞬間には、全員揃って空洞の入口へと駆け出していた。

 一人、また一人と空洞を出て、細い通路に飛び込んでいく。そして殿を務める僕がチラと後ろを振り返ると。

 雄々しく咆哮を上げる巨獣が岩の隙間から頭を覗かせていた。


「破られたぞ、急げ!!」


 そして僕たちパーティーは、文字通り尻尾を巻いて逃げ出したのだった。



~前幕・2へ~

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