第29話「揺らぐマインド」


「ねー、優」


あれから数日経ったある日、1日の授業を終え、帰宅を急ぐ子供たちの内のから外れた銀髪の少女、ミナは、彩乃と共に後片付けをする優のトレンチコートを引っ張る。


「ん?どうしたの?」


優はミナを振り返り、しゃがんで笑顔を向ける。ミナはニヤニヤしながら言った。


「優ってさ、彩乃さんのこと好きなの?」

「はっ、えっ!?し、色季さん!?あっ」


「どうしました?優さん」

「あっ、なんでもない!」


近くにいた彩乃が反応してしまい、優は急いでミナを連れて影に隠れ、歯切れ悪そうに話し出す。


「な、なんで?」

「だって、彩乃さんといる時の優、楽しそうだから」


ミナは清々しい笑顔で優を見た。


「あ、ああ……そうだな、俺は……」


「優さん?」


「あ、はいぃ!?」


背後から彩乃の声が聴こえた。

優は素早く立ち上がって硬直する。振り返ると、カチコチの優に微笑む彩乃がいた。ミナも優の後ろでニヤニヤ笑っている気がする。


「優さん、明日暇だったら、一緒にどこか行きませんか?」


最近の優を懸念した上での、彩乃なりの思いやりだ。


「明日?あ、あぁ、いいよいいよ……へ!?一緒に!?2人きりで!?」

「はい!」


眼球が抜き出る勢いの驚愕の表情を浮かべる優に、彩乃は笑ってくれた。


「やったじゃん優」


ミナもそう目配せを交わす。

で、でも、これって……デート……なのでは……?

と、恋愛に疎い優は不安と同時に、胸を高鳴らせるのであった。



その日、優が緊張で寝られなかったことは、ここだけの秘密にしておこう。



翌日の朝早く、久々にクリス武器店を訪れた優は、クリスの入れた珈琲を満足そうに飲む政綺の隣に並ぶ。

今日も相変わらず、店内にいる客は優と政綺だけだった。

……客なのだろうか。


「おお優君、おひさ〜」


「あの、政綺さん、デートってしたことあります?」

「ブフッ!?デ、デート!ないことはないけど……ないですね。急にどしたの」


珈琲を豪快に吹き出した政綺は、零した珈琲をクリスのお気に入りタオル保存用バージョンでゴシゴシ拭きながら、優を向き直る。


「それが……」

「ええええ!!?優君!?デート!?デートすんの!?誰!!やっぱあやのん!?」


奥の部屋から一瞬にして飛び出してきたクリス。目を輝かせて優を凝視していた。

そんなクリスに若干引きながらも、優は話し出した。

「いや……まあ、そうだけど。いや、デートなのかなんなのか……」


「あやのんで分かるんだ……」

クリスの言葉に頬を染める優に政綺が微笑すると、次の瞬間クリスが両手で頭を抑えて騒ぎ出した。


「きゃあああああああ!!!優君が!優君が!私の知らない間にオトコノコにぃぃぃぃぃぃぃぃいうそだるぉぉぉおおおおおお!!」

「ちょちょ、クリスさん、うるさい」

騒ぎ立てるクリスに、政綺が珍しく真面目な顔をしてそう言うと、クリスははい……と残して沈み込んでしまった。


「で、優君!僕に相談したいと?」

「あ、いや、うん。正直、女の人と2人っきりで過ごすなんて経験した事ないし、」

「優君はあやのんのことどう思ってるんだよ」

「俺は……」


そこで、優の頭の中に、様々な彩乃との思い出が擡げる。


初めて出会ったあの日から、月見に殺されそうなところを助けられ、舞友実を死なせてしまって深く悼んでいた時も、優しく勇気付けてくれた。

傷付いた優を介抱してくれて、それからずっと一緒にいて支えてくれた。

今の優を、好きだと言ってくれた。恋愛的な意味ではなくても、優にとっては嬉しい。

そんな彩乃を、優はとても快く思っているはずだ。だが、デートとなると……


優が深く考え込んでいる姿を見て、政綺は唇を綻ばせる。


「優君はまだ子供だなぁ〜、でも安心して。切夜さんも昔はかなり女の子が苦手な人だったらしいんだ」

「そうなの?」


優が口をポカンと開けてそう問うと、クリスが頭を掻き、微苦笑しながら言う。

「そうなんだよ〜、私が声かけても「そうか」とか「うん」とかそればっかりでさぁ!やっぱ親子なんねぇ!」

「へぇ……」


クリスと目を合わせた政綺は、笑みを浮かべて優の背中を摩る。

「まあ、行って来なよ。彩乃ちゃんが誘ってくれたんだろ?女の子の誘いを無下にする男はモテないのだよ〜」


政綺に、うんうんと頷くクリス。

そんな2人に、優は重い声色で言った。


「でもさ……やっぱ、まだ今は」


だが、優を遮って、クリスはカウンター越しに優の背中を押す。


「まあまあ!こんなとこいないで早くあやのんのとこ行って来なされ!今日はもう来るな!」

「ちょ、クリスさん!」


そう言って店から追い出された優。

そんな優の鼓膜を揺さぶったのは、掌が頬を叩く音だった。

パチッ、と鈍い音がした方を向くと、クリス武器店の隣に位置する喫茶店の出口にて、中年の男が若い女性に平手打ちを食らった後だった。

女は走り去って行き、男は涙を流しながらその場で崩れる。

優はそれを見てなんとも言えない表情を作る。何せ、あの会話の後だったのだから。

恐る恐る男に近づく。


「あ、あの……」

「あああああああ!!!」

「うわっ!」


男は俯いていた顔を豪快に振り上げ、喚き始めた。

「あの、大丈夫です……か……って、貴方は」

「へ?」


優は、よくよく男を見ると、あることに気付いた。

この人は、1ヶ月前、優と舞友実に隣村への荷物運びを依頼した男だった。

言ってしまえば、舞友実が死ぬきっかけを作った男だ。そんなことを糾弾しても、仕方ないのだが……

男は優に目を向けると、笑みを浮かべた。


「あっ、あの時の!えーっと、桐原君!」

「あ、どうも。久しぶりです」

「いやぁ、また振られちゃったよ」

「また?前言ってた女性は?」


「もちろん前も振られたよ?2021年もこれで26回目だ」

「あ、ああ……」


気まずそうな表情を浮かべる優に、男は喫茶店を指差す。

「少し、話をしないかい?あっ、僕の名前は最上(もがみ)、よろしくね」



喫茶店で、最上と向かい合って座る優。

ナンダコノ状況。

静寂に包まれた空気と、カップルだらけの周りを見兼ねて、優は口を開く。


「あ……あの」


……


最上は、机に置かれたカップを持ち、優雅に珈琲を飲み始める。

やがてカップを置き、笑みを浮かべると、口を開いた。


「君は……偽界では子供を宿せないことは知ってるかね?」


ようやく発された言葉がそれだった。

唖然としながらも、とりあえず優は返答し、オレンジジュースを口に運ぶ。


「知ってます……けど……それが?」

「つまり、偽界では好きな人とセックスをしても、子供は作れないということさ」

「ブフッ!!ゲホッ、本日2回目!!」


最上の言葉に、思わずオレンジジュースを豪快に吹き出し、焦って周りを見渡す。

蒙昧な優でも、クリスのような変態と10年間もつるんでいたら、自然とそういう知識は入ってくる。

顔を真っ赤にする優を見て、不思議そうな顔を浮かべる最上。


「君くらいの年なら、セックスくらいするだろう?」

「し、しませんしません!!な、何ですか急に!」


染め上がった顔を隠すように両手を振り回す優に、最上はいたって真面目な表情で続ける。


「でもね、この世界でただ1人、偽界で命を宿す子がいると言う噂があるのだよ。そしてその子は、神に対抗し得る力、神の力を宿すという」


「神の……力」


「その力の使い道は大きく分けて2つ。その力を使って、遊鬱神と戦い、偽界全ての人間を救って、己を滅ぼすか。或いは、その力を使って偽界戦争参加者全てを屈服させ、自分1人が確実に現実世界へ行くか」


先程までとは打って変わって真剣な顔で話す最上。立てた人差し指と中指の内、中指を下ろした。


「僕は後者を選ぶ。神に対抗し得るとは言え、必ず勝てるわけではないからね。桐原君、君がもし神の力をその身に宿していたとしたら、この力をどう使うかね?」


「……俺は……んん、いきなりすぎて」


頭を抱える優に、最上は笑ってみせた。


「ハハッ、すまないすまない、変な話をしたね。君くらいの年なら、今はデートの待ち合わせだったりしていたのかな?」


「い、いえ!!そんなことは!」


再び真っ赤な頬を舞い戻らせた優は、最上を向き直る。


「じゃあね桐原君、また会おう」


そう言って、やるせない顔をする優を残して、最上は喫茶店を後にした。

向かう先は……


「首領、どこ行ってたんです」

人通りの少ない裏路地に、もたれる一馬と、目の鋭い緑髪の女。

それぞれの護衛に6人程男が付いていた。


「あはは、ごめんごめん!また振られたよ!」

「はぁ……セーフティータウンの外は全部殺った、次は?」

「一馬、まずお前は靴の血を拭け」

「黙ってろ華須美」


「はははっ」


最上は、垂れ下がった髪を持ち上げ、気味の悪い笑顔を浮かべる。


「予定変更だ。ここで桐原優を殺す」


アブソルートキル首領・最上は、殺意に満ちたその双眸を細め、そう言い放った。


ーENDー

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