回想2

 彼は彼女の言ったとおりに、自分を食べさせた。


 しかし、食べさせたと言っても、腕を与えただとか、脚を食い千切られただとかそんな感じではなかった。空木うつろぎの身体は五体満足であったことをここに明らかにしておこう。

 では、彼女の言った食べるとは、何を食すことだったのかと言うと、それは彼の存在であった。存在を食べると言っても、ピンとこないとは思うのだが、それ以上に表現のしようがない。

 彼女は存在をかてに生きる怪異であったと、解釈して無理矢理溜飲を下げる他あるまい。


 ここで独自の解釈を紹介しておくと、存在とはある種、信仰に近い物なのだと思われる。そこにいると信仰されるから、神様や怪異は存在できるのであって。それを糧に生きているというのは、怪異の原始的な行為のように思われる。

 じゃあ、信仰によらずとも世界に生きていける人間が、存在を食べられた場合、何が起るのかというと、当然ながら、存在感が薄くなる。――いわゆる、影が薄い存在になる。

 そのことを空木が知っていたのかというと、知らなかった。どころか、食べた方である彼女すら初めての試みであったため、そもそも人間から存在を食べることができるとは思っていなかったし、もちろん、その結果何が起るのかも知らなかったようである。


 自分の影が薄くなっていることに、しかし、彼は最後まで気づかなかった。というのも、友達との挨拶は彼からしていたからだ。いくら影が薄いといっても、声をかけられて気づかれないほどではなかったらしく、声をかけたら挨拶を返してくれた。

 他のクラスメイトから微妙に距離を置かれていたが、このことはまた彼女と出遭う前の出来事があって、ある程度彼の中で予想できていたので、別段、不思議がることはなかった。

 では、打って変わって彼女との生活はどうであったのかというと、別に特筆すべきことはなかったと思う。彼を食べ、なんとか下半身を再構築した彼女の身体は、彼とあまり変わらなかった。大きさは、一五五センチ程度であろう。


 彼女は、彼に身体に変化はないかとしきりに訊いていた。空木はその彼女の言動が嬉しかった。学校で冷たく扱われる分、それは暖かく彼の心に染み渡った。

 実際は、怪異である彼女が、人間である彼に恩を売りっぱなしであるという状況が気にくわなかっただけらしいのだが、そのことに彼が気がつくことは一切なかった。

 むしろ、そのおかげで人助けをした自分は正しいのだと思い込み、いっそう正義感を肥大化させていった。

 いいことをすれば、返ってくる。――そんな思い込みが、空木少年の正義感をさらに大きく歪ませながら成長させたのであった。

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