第1話

 ある冬の日、少女は俺に言った。話を聞いてほしい、と。

 別に知らない子どもではないはず。確か彼女は近所に住む、小学生くらいの女の子だった気がする。しかし、話したのは今が初めてであった。

 俺は少女に発言に対する説明を求めた。

「私ね、嫌いな人がいるのよ。でもね、とても嫌いなのにとても好きなの。」

 しかし少女は見当違いなことを言った。これだから子どもはあまり好きじゃない。意味のわからないことを言う。説明をされてもわからないことを言う。しかも笑顔で。困ることこの上ない。

「あ、お母さんが呼んでるわ。またね。」

 少女が去っていく。しかし俺には彼女の母の声なんてものは聞こえなかった。

 俺はいつもと同じように今日も外に座り込んでいた。理由は暇だから、ただそれだけだった。いつものようにぼんやりしていると視界に誰かが映り込んできた。

「こんにちは、お兄さん。」

 昨日の少女だった。しかし今は昼の一時。本来であれば学校にいるはずだ。

「お前、学校は?サボりか?」

人のことを言えないようなことを言ってしまったことを後悔する。が、反省はしない。

「こんにちは、お兄さん。」

 しかし、少女は俺の質問を無視した。しかも先程と同じ台詞を一言一句変えずに言ったのだ。

「どうしたんだ?」

「こんにちは、お兄さん。」

何を言ってもずっと同じ台詞。村人か何かにでもなったのだろうか。少し考えて俺はあることに気付いた。

「こんにちは、少女さん。」

俺は挨拶を返していなかった。きっと少女は挨拶を待っていたのだろう。

「やっと返してくれたのね。」

「気味が悪いからやめてくれ。」

「挨拶は大事なのよ。」

 少女は昨日と同じ笑顔を俺に向けた。

「ねえ今日も私の話、聞いて。」

 そして少女は昨日と同じようなことを言った。きっと断ったとしても少女は話すだろう。

「ああ、聞いてやるよ。」

だから俺は少女を受け入れた。

「ありがとう。私、どうしてもあの人を好きになれないの。あの人私の髪の毛を引っ張るのよ。あれ、とっても痛いんだから。」

 少女は自分の三つ編みを引っ張って言った。

「わざわざ好きになる必要ないだろ。」

俺は自分の意見を言った。しかし、それを聞いた彼女は悲しそうな顔をした。

「好きにならないといけないの。だって私愛されたいもの。」

 少女は俺に笑顔を向けて言った。でもその笑顔は先程までの嬉しさからくるものではなく、悲しさからくる、そんな笑顔だった。

「もうすぐお母さんが帰ってくるの。またね。」

 昨日と違って今日は彼女の母は家にいないらしい。待っていれば彼女の母に会えるのでは?と思ったが寒さに勝てそうもないので俺も家に入った。

 家に入って思った。彼女は学校に行っているのだろうか、と。

 次の日もまた少女は俺の所に来た。昨日と同じ昼の一時に。

「こんにちは、お兄さん。」

「こんにちは、少女さん。」

 今日はちゃんと挨拶を返す。昨日のようなことは起きてほしくない。そういえば、少女に聞きたいことがあった気がしたがなんだっただろうか。全く思い出せない。

「今日も私の話、聞いて。」

 昨日と同じことをまた少女は言った。

「もちろん。」

俺は昨日と同じように承諾した。

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