鍵盤に指を添えて

カゲトモ

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 ジャズに混じって違う音楽が耳に入って来た。これは、そう。どこか陽気な鼻歌だ。

「何か良いことでもあったのですか?」

 今日はみんなが憂鬱になる月曜日だって言うのに。そんなことを少しも感じさせない雰囲気の男性に声を掛けた。

「えっ、あっ俺っ?」

 さっきまで瞑っていた目を開けて男性が驚いたように言う。その顔はもう赤く色づいていて、瞳もとろんとしていた。

「ど、どうして?」

 どうしてって。

 男性は分からないと言った顔で小首を傾げて言う。あんなに楽しそうに鼻歌を歌っていたのに?

「え、鼻歌? うそ」

「ふふ、嘘じゃないですよ」

 男性は二度、パチパチと瞬きをした。それから恥ずかしそうに頬を掻いて続けた。

「はは、いやぁ恥ずかしいな、大人げなくって」

「いえいえ、そんなことないですよ」

 きっちりとスーツを着込んだ大の大人がバーカウンターで一人、陽気に鼻歌を歌っていて何が悪い。おじさんにだって他の人と同じように嬉しいことや楽しいことがあって当たり前なのだから。

「実はね、ちょっと嬉しいことがあって」

「本当ですか?」

「え?」

「ちょっとじゃなくて、すごく良いことでは?」

 だってあんなにもハッピーな雰囲気を出していたのだもの。上がった口角に揺れる身体、瞑った目に陽気な鼻歌。誰がどう見たってとても良いことがあったに違いないって思うもの。無意識に出てしまうくらいの良いことがね。

「ははは、そんな、本当に大したことじゃないんだよ」

 男性は顔の前で手を振ってそう言う。でもその顔は、とても嬉しそうだ。

「いや、実はね」

「はい」

「孫が生まれたんだ」

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