Вюйумэн 4 : Дэлю харме зэност лкурфтлэсс ?

#31 Гасир 《呪術》


「この件にはこれ以上関わるな――そういったはずだが」


 瀬小樽市のしがないカフェチェーンの一角、男の軽蔑の目が俺を刺していた。政治家らしい背広姿には何時も通りの感触を感じる。しかし、顔は常に何かを探っている不信さを感じられた。

 神薙誠司、彼は瀬小樽県知事の座を非常事態宣言によって降ろされて権力ゼロの地位になっていた。実際の非常事態宣言下での権力の無さに衝撃を受けたのかは知らないが、彼はすぐに辞任した。何者でもない人間であれ、自分から一番近い利用できる人物といえば彼しか居ない。そう思って、最寄りのカフェチェーンに呼び出したのだった。


「先日、俺の家が放火されました。物事の連続性から考えて、知事を襲った人間と同じ者の犯行かと思われます」

「それは知っている。だが、もう私は知事ではない。そもそも、君が追っているのを手伝うことは不可能だ」


 神薙は顔をしかめながら言う。彼は本当に協力できる力が無いと思っているようだった。俺はポケットの中から警察にもらった写真を取り出してテーブルに静かに置いた。テーブルの上のアイスコーヒーの水面がかすかに揺れた。不審車両のナンバーがはっきり映った写真がカフェの照明に照らされる。神薙は写真を目を細めて見ていた。


「放火犯と思われる逃走車両の写真です。神薙さんのルートでどうにかこれが何処に行ったのか調べられないんですか?」

「警察が既に動いてる。それに調べてどうするつもりだ?」

「自分のやったことを思い知らせるんですよ」


 自分の本心を言うと、神薙は更に眉間にしわを寄せた。危険な橋を渡らせたくないのはクリャラフもこの人も一緒だ。だが、俺は姉の研究ノートと家族との思い出を焼き払った放火犯を知らなくてはならない。それが危険であろうと、なかろうと関係なかった。


「あなたも興味が無いわけではないはずです。未だに知事を襲った人間も放火犯も手がかりが一つも掴めてない。極東政府も警察も信用できない。俺が真相を知らないと現状を納得出来ないんですよ」

「はあ……つくづく、物好きは何に関しても物好きだと思うよ」


 神薙はため息をつくと黒いビジネスバッグからノートパソコンを取り出した。電源を入れたのか、CPUファンの稼働音がかすかに聞こえた。キーボードから何かを入力しながら、画面を注視していた。無言で作業を始めるのが何か気に食わなくて、何か言ってやろうと思った。


「マップで放火犯でも検索するんですか?」

「まさか。私を何だと思ってるんだ、君は」


 神薙は俺の冗談に表情を変えることはなかった。やっぱりな、と呟くとノートパソコンを回して、画面をこちらに向けた。白黒のコンソール画面に"Login is succeeded"と表示されている。表示が殆ど英語で書かれていて、その上難しい単語ばかりが並んでいた。何の画面なのかさっぱり分からない。


「ANPReSを知ってるか?」

「アンプレス……ですか?」


 聞いたこともない横文字だった。姉の研究ノートの中ででも聞いたことがない。神薙はコンソール画面のうちの一行を指差した。


Automatic自動車 Number-Plate登録標 REcognition自動読取 Systemシステム――略して、ANPReSアンプレスだ。本土では、Nシステムとか言うんだっけな。自動車のナンバープレートを自動で読み取って、手配車両情報と照合する警察用システムだ。は」

「そのシステムに……何の関係が?」


 神薙はアイスコーヒーを一口飲んで、ノートパソコンを自分の方に再び戻す。彼は更にキーボードを叩いた。テーブル上の不審車の写真を見ながら何かを入力していく。画面に目を向けたまま、彼は話を続ける。


「瀬小樽県だけは特殊でな。緊急時用にこのシステムへのアクセス権限が県警だけでなく県知事にもある。今でも外部からアクセスできるってのはお笑いだけど。ANPReSの機能は手配車両情報との照合だけでない。大量の読み取り機からの車両位置情報を蓄積しているから、ナンバーを入れてやれば――」

「行方が……分かる……?」


 直感的に理解できた解決への糸口に震える。その瞬間、エンターキーが押される音でキーボードの打鍵音は止まった。しかし、神薙は画面を見ながら難しそうな顔をしていた。ANPReSへのログインは成功し、情報を検索することは出来たはずなのに、その顔は芳しくない状況を伝えるかのようだった。俺は結果への恐れを飲み込むように、アイスコーヒーのストローに口をつけた。


「曖昧な情報しか出てこないな……これじゃ瀬小樽県から出たことくらいしか分らない。これじゃ何処に行ったのかさっぱりだ」

「分かるのは県外に出たってことだけですか」


 神薙は無言で頷いた。放火犯を見つける糸口が見えてきたというのに、期待して損した。神薙も同じ感情を抱いていたようで、ため息をつくとノートパソコンを閉じた。そして、また一口アイスコーヒーを飲んだ。


「まあいい。君に会いに来たのはこのためじゃない」

「……どういうことですか?」


 神薙はビジネスバッグからクリアファイルを取り出した。中にあるのは姉の研究ノートの形式に瓜二つのノートだった。表紙には『第16ノート』と書かれている。確か、それはブラーイェ伝承に関係するノートのうちの1つ目だったはずだ。ブラーイェ伝承は姉好みの研究対象だった。そのうえ今も倍良月村があの状態で残っているとおり、伝承の保存状況が良かったおかげで大量のブラーイェ伝承の研究ノートがあった。

 彼はそのクリアファイルをテーブルに置く。唯一残った研究ノートが寂しく自分の前に差し出される。


「君の家で燃え残った研究ノートを保護しておいた。幸い警察も消防もこれを見て隠滅しようとしていた人間は居なかったようだね。まあ、末端のことだから上がどう考えているのか全く分からんがね」

「ありがとうございます」

「唯一これだけが焼け残ったのに何か運命を感じないか?」


 神薙は表情を崩さなかった。鋭い目つきでこちらを見つめていた。まるで何か俺が気づいていないかのように見る目が心の中を焦らせた。燃え残った家で研究ノートが一つだけ残った。それがブラーイェ伝承を研究したものだったら神薙も興味を持って読んだはずだ。


「神薙さんもがブラーイェだと思っているんですか」


 あれとはもちろん極東本土を今襲っている砂像のことである。おそるおそる問いかけた言葉に神薙はかぶりを振った。


「あいにく、私は生来オカルトには興味がなくてね」

「つまり、文化祭の時の反応も全部パフォーマンスって訳だったんですね」


 彼は無言のまま答えなかった。目をそらし、その話題には興味が無さそうな顔をしていた。すこしして、神薙はコンテキストを戻すかのように人差し指でテーブル上の研究ノートを突いた。プラスチック製のテーブルに硬い音が響く。


「だが、研究ノートに書かれていることを読むと、伝承の内容と今本土で起こっている砂像の暴走はあまりに似すぎている。オカルトのレベルでなく、まるで予言のようだ」


 俺はため息を付いた。彼の言いたいことがだんだん分かってきた気がした。三良坂を突き飛ばした時の怒りが蘇ってくる。喉元に上がってきた怒りで言葉に熱さが帯びたように感じた。


「だから、どうしろというんです?」

「いや、どうしろとは言わないが――」


 神薙はクリアファイルから研究ノートを取り出して、その後ろに挟まれていた紙を取り出す。その紙には古めかしいフォントでラテン文字が並んでいた。英語による論文なのかもしれない。


「瀬大に瀬戸川という奴が居る。残りの研究ノートに関してはそいつが情報を持っているかもしれない」

「何でそんなことを?」


 テーブル上に出された論文の題名の下、姉の名前と共に書かれた何者かの名前を神薙は指差した。"Yuu Setogawa"の文字がそこにはあった。


「瀬戸川と君の姉は長らく共同研究者だったみたいだな。片方は死に、瀬戸川は教授としてまだ瀬大に居る。もしかしたら、君の家に放火して、研究ノートを消したがるような奴らのことに心当たりがあるかもしれない」

「そりゃどうも」


 目を細めて考える。瀬戸川なんて研究者の名前を俺は姉から聞いたことがなかった。焼失した研究ノートが戻ってくるかもしれないのであれば、それは嬉しいことではある。だが、今はそれよりも放火犯の正体に近づくことが優先事項だった。

 クリアファイルに研究ノートと論文を入れて、自分のバッグに突っ込む。残りのアイスコーヒーを一気にあおると、俺は椅子から立ち上がった。神薙を見下ろすも、彼はその席から動じなかった。座ったまま、マドラーでアイスコーヒーをかき混ぜていた。その顔からは覇気というものが全く感じられなかった。


「放火犯のバックには何がついているかさっぱり分らない。これ以上、そんなものを追跡することは危険だと思わないか?ブラーイェ伝承の研究から砂像の止め方を調べたほうが……合理的だ」


 神薙は俺を見上げた。その表情は笑顔でも、優しさでもない。純粋な警告、心配に見えた。一連の事件の直接的な関係者は俺と神薙くらいしかいないのだ。だからこそ、彼は俺の身を案じている。しかし、彼の言った「合理的」という言葉が心に引っかかっていた。それが自分を利用しているような言葉の響きに感じたからだった。

 神薙を見下ろしたまま、俺は目を細めた。


「オカルトに興味は無いんでしょう」


 彼は無言だった。無言のまま視線をそらし、悲しそうな表情を浮かべていた。それ以上、彼が俺に対して反応することは無かった。マドラーでアイスコーヒーを回すのをただただ腑抜けた顔で頬杖をついて眺めているだけになった。

 時間はもう既に六時、俺はそんな彼を背を向け、一旦家に帰ってまた明日瀬大に行くことに決めた。出ていこうとすると途端に聞こえてきたカフェの楽しげな喧騒は、自分には苛立たしく思えた。

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