#28 Ла адёма 《遠視》


 何時も通りの朝休み。クリャラフには部活の活動停止を言い渡されたものの自分は刷り込みされた動物のように自然に部室へと行っていた。この数日の間に色々なことがありすぎて、頭が混乱している。未だに部活の平常的活動も決まっていないというのに、ここに来るのは一つの安心を感じさせた。

 一つだけ自分で決めたことがある。部活は続けるが、知事や極東政府に関わらないということだ。活動を続ける以上、あの事件は後を負ってくるだろう。だが、事件に関わり続ければ自分たちの身が危ない。当分活動は部室の中、学校内に制限して、ほとぼりが冷めてから広く活動すればいい。


 部室の入り口の戸を開けると、三良坂も椅子に座っていた。彼女の存在に安心感を覚える。だが、彼女は部室に来た自分に気づいていない様子であった。その視線は前方、電源の付いたテレビ画面が映すニュースにあった。一夜明けて元気が戻った様子の彼女の顔はじっと画面を眺めていた。


「何見てるんだ?」

「極東を破壊してる砂像のニュースだよ」


 三良坂が指差す画面には『大規模被害!十兆円を超える被害が試算される』とテロップが表示されている。相変わらずアクション映画に出てくるような砂の怪物が荒々しく街を破壊する映像が繰り返し流されていた。コメンテーターと軍の専門家が他愛もない質疑応答をしていたところで三良坂は視線を外して俺の顔を見た。


「これって何かに似てる気がするんだよね」

「俺も何か覚えているような気がしてた」

「覚えている?」


 三良坂の言葉にため息をつく。不思議そうに感じたのか、彼女のアホ毛が感情を代弁するように曲がった。

 彼女に対して嫌な思いをしたわけではない。彼女の質問に答えられない自分が気に入らなかった。何か重要で、重大な関連を見落としている自分がもどかしくてならなかった。


「思い出せないんだよ。このニュースを見るたびに既視感っていうか、なにか覚えているような気がするんだけど思い出せないんだ」

「キミがそんな感じってことはもしかして……ブラーイェ伝承?」

「あっ……!」


 確かにブラーイェ伝承の派生形にはブラーイェの実体を砂像として描写するものが多い。砂像が街を破壊し、極東人を殺戮しているのも「シェオタル人の敵を殲滅する」という伝承に照らし合わせるとそのままだった。

  既視感の正体が完全に解けた瞬間だった。体の芯に知ることが出来た快感が走る。驚いたまま我を忘れていると、三良坂が心配そうに俺を覗き込むように見てきた。


「ま、まさか、あれがブラーイェだと言うのかよ」

「極東人がシェオタル人の敵と見なされたのなら悲しいけどね」


 三良坂は視線を左下に落として、本当に悲しそうな表情をしていた。


「しかし、何でこのタイミングで動き出すんだよ。もしブラーイェなら、大戦争のときに動いてただろ」


 俺の疑問に三良坂は唸った。


「確かに、何でこのタイミングなんだろうね」

「ブラーイェじゃねえってことだよ。まだ、シェオタルは滅びてないってことじゃねえか」


 ウクライナの国歌名のようなことを言うと、三良坂は半分納得が行ったという表情で首を傾げた。


「クラン君のお姉さんは瀬大の大学院でシェオタル語とか伝承の研究をしてたの?」

「まあ、そうだな」


 彼女の視線は俺の右目に掛かる髪を止めていたピンにあった。そのヘアピンはあの事故以来、寝る時と風呂に入る時以外は欠かさず付けている。MUSの三文字と左端から右端までを結ぶ輪っか、瀬大のトレードマークがヘアピンには付いていた。

 当時も今も瀬小樽県の最高学府となっている瀬小樽大学――通称、瀬大の大学院の研究員だった姉は、自分のシェオタル研究を守るために必死になっていた。研究の成果は結局表に出ること無く家に残されたままだ。

 三良坂は肯定する答えを聞いて、嬉嬉とした表情で俺の手を取った。


「あれがもしシェオタルの魔法で作れられてたとしたら、お姉さんの研究結果であれを止められるかも……?」

「はあ……伝承は伝承だろ?ブラーイェも元は見間違いかなんかだよ。虚構と現実を見間違えるなよ」


 彼女は俺を見て面白くないやつだとばかりに目を細めた。

 心の中では俺は彼女の考えを認めていた。ブラーイェ伝承と起きている事象は同じ、極東軍も警察も既存の装備では太刀打ちできない。それは魔法に依る産物だと思えば筋が通る。問題はそんなものが現実に存在するかという話だ。納得行かないのはリアリティを感じないからだった。


「帰ったら姉の研究ノートを漁ってみる。そこに何か止める方法でもあれば、試してみるのも良いかもな」


 そういうと、三良坂はぱぁっと顔を明るくして俺の両手をとって上下に振った。


「ありがとう!クラン君!」

「……期待すんなよ」


 そんなことをしているうちに始業のチャイムが鳴った。その瞬間、部室の戸が勢いよく開いた。


「教室に居ないと思ったら、ここにおったか……」

「せ、先生……」


 戸を開けたのはクリャラフだった。俺も三良坂もその姿を見て、バツが悪い思いがしていた。しかし、乱れた髪のままのクリャラフが次の瞬間聞こえた言葉を俺は理解できなかった。


「ヴェル、おぬしの家が燃えているらしいのじゃ」

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