#25 Дэрокэско 《再招集》


 この朝は皮肉なほどにすっきりと起きることが出来た。知事の銃撃、クリャラフの部活停止、サルニャフはいきなり帰り、県境に謎の巨大な砂像が現れた。よくよく考えればここまで色々なことが起きる日も珍しい。それなのにもかかわらず気だるさの一つも感じなかった。

 冷蔵庫から牛乳を、トースターからトーストを取り出し無造作に口に突っ込む。いつもと同じ朝だったが、いつもより余裕があってニュースでも見ようかと電源を入れるとそこには奇妙なものが映っていた。


「眠い」


 眠気眼をこすっても映るものが変わることはなかった。『砂像動き出す!?』というテロップが右上に出され、街を破壊する砂像がそこには映っていた。まるでヒーロー物のアクション映画に出てくるコンピューターグラフィックで描かれた巨大な怪物が街を破壊しているようだった。報道によると極東政府はこれに対して避難勧告と緊急事態宣言を発令しているらしい。もう既に瀬小樽県に隣接する県は市町村レベルで他県への避難を開始している。知事を銃撃された瀬小樽は行政機能が麻痺している。頼みの綱は非常事態宣言による国家主導の避難計画だが、これも遅れているらしい。陸空海のいずれも、この砂像を止めることは出来ず、逃げ遅れた人間が次々と殺されている。砂像は今もゆっくりと首都に向けて、動き続けている。


 その画面を見ながら、俺はなにかデジャヴを感じていた。多分、昔クリャラフと見た西洋のアニメ映画か何かにこんな描写があった気がする。だが、きっとそれのことではない。もっと何か重要で、重大な関連を見落としている気がしていた。

 結局、寝ぼけた頭にはっきりと思い出すことは出来なかった。


 身支度を済ませると、バッグに筆記用具、シェオタル語の単語帳と学習ノートを突っ込む。玄関まで行ってドアを開けようとした瞬間、新聞受けに何か白い封筒が入っていることに気づいた。この家は新聞をとっていない。何かの広告だったら、もう少し色味があるはずである。白い封筒というのは謎であった。

 無性に気になって、新聞受けを開いた。白い封筒には宛先も住所も書かれていない。つまり、これを書いて入れた人間は直接ここに入れることを意図して書いたということだ。こんな手紙を出せるは三良坂やクリャラフ、あるいは学校の職員くらいだろう。

 俺は封筒の上部を切って、中身の手紙を広げた。


『ヴェルガナフ・クラン君


瀬小樽県知事の神薙誠司だ。まあ、緊急事態宣言が出された今では知事の身など何の価値もないが。

撃たれてから治療を続け、意識を取り戻し、やっと話ができるようになった。面倒なことにしばらくは病室に詰め込まれるらしい。

君と話しておきたいことがある。

瀬小樽県立病院第三病棟二階のCI12という病室に来てくれ。』


 手が震えていた。知事に自分の住所を教えてなんていない。そもそも初対面が文化祭だったから、教える暇もなかった。ならば、知事を襲った人間が自分をおびき出して殺すための罠だろうか?自分を狙う人物が極東人なら、三良坂以外に住所は知られていないのでそれも良く分からない。

 三良坂から住所などの情報が漏れているのなら彼女を連れて行くのは危険かもしれない。クリャラフはそもそもこの手紙の存在を知らせた時点で心配から手紙を奪ってまで行かせないようにするだろう。そもそも、彼女たちまで危険にさらされる必要はない。自分一人で行く以外に方法は無さそうだ。罠でなかったとしたら、誰が自分たちを邪魔する敵なのかが明確にわかるはずだ。


 ため息をつく。バッグを置いて、制服を脱いでリビングの椅子に掛けた。

 結局、状況はクリャラフが言っていたとおりになっている。シェオタル語を復権させるには自分が望んでいなくても、極東人が戦いを挑んでくるのである。自分には危険でも行って真実を知る必要がある。手紙の内容が真実であろうと、偽物であろうと俺はそこで何か真実を知ることが出来るのだろうと思った。


 動きやすい服を着る。いきなり襲われることも考えて、引き出しから折りたたみナイフを取り出して、ポケットに突っ込んだ。バーベキューなどで使うことがあるだろうと自分の中では結論づけてたが、本当は中二病心にネットで注文したものだった。護身に使えるようなものはそれくらいしか無かった。極東拳法も何も使えない自分にとって、武器はお守り程度の意味しか無い。

 ポケットに手紙を突っ込んで、部屋から出ようとした瞬間、連絡をするのを忘れてリビングの電話を取る。学校に電話をかけ、クリャラフに体調不良での欠席を告げた。彼女は渋々出席日数の改竄でどうにかすると言って唸っていたが、最終的に「仲良しじゃの~」と間延びした意味のわからないセリフを言って電話を切った。


 玄関のドアを開けて、家を出る。平日の早朝、高校生が家を出る中、私服で駅と逆方向に行く背徳感に爽快なものを感じていた。しかし、今回学校を休むのはそんな低俗な目的ではない。知事、あるいは彼を襲った存在と対面して真実を知るということだ。それで郷土文化部の未来をどうするか決められる。

 冷たい風が自転車をこぐ自分の体全体に当たっていた。その冷たさや爽快感は、この先に起こるであろうことへの緊張を拭い去ってはくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る