Вюйумэн 3 : Фазил элм

#21 Фав мэлс нив фал со 《お前には関係ない》


 県庁から自宅までは数十分掛かる。日々の職務を終えて帰れるのは、日曜日だけだ。極東陸海軍も真っ青なほどの激務――というわけでもないが、瀬小樽県という非常に政治的な土地の長である知事は起きていようが寝ていようが県庁から解放されることはない。

 目的バス停に着いたのを確認して、降りる。県庁から運行されている県営バスを見送って、家までの帰路を歩いた。


「やはり、私の踏んだとおりだった」


 家に帰り、コートを掛けてすぐに手元の書類に目を落とす。瀬小樽県の過去の議会資料だ。

 大戦争直後から安定期に至るまでの県議会資料や極東資料はただでは手に入れることができなかった。極東に尽くす人間として、県知事になったというのに全くもって理由が理解できなかった。知事という身として最悪の行為だとは思うが、裏ルートを通じて文書が手に入れられたのは幸いだった。そうして、五、六年分の空白を理解した。


 極東本土政府は瀬小樽県に特別な行政の権限を持っている。分離独立勢力が立ち上がってから、本土の民衆を安心させたのは力を見せつけるそのようなパフォーマンスだった。シェオタル人を力でねじ伏せてから、極東資本を育てる地盤として市場に仕立て上げた。教育からシェオタル語やその文化は忘れ去られた。教育現場は極東人で埋め尽くされ、シェオタルの言語も文化も教えられる人間が居なかった。数年のうちにシェオタル中心部から極東語は浸透し、シェオタル語は消え去った。


 ヴェルガナフ・クラン――あの少年の言う通り、昔にはなんてものは無かった。逆に我々は彼らの文化も言語も金と権力と奢りのために無なかったものにしようとしている。彼らがそれを主張しなければならないほどに、危険な状態になっているのだ。


 文化教育を凍結していたのは、彼らの元からすべてを奪って同化するためだ。極東本土の人間が瀬小樽の地名の語源すら扱うことが出来なかったのも、そのためだ。あの詠唱を聴いていた時に直感的に感じた。自分たちは何も知らされないようにされていた。


 明日から極東との交渉の日々になるだろうということを考えると頭が痛くなってくる。だが、今まで信じていたはずの中央が急に信用できなくなっていた。文化と言語は金にならない。だが、人々の心の中にあって、そこに人として独特の感情を生むものだ。

 倍良月村から来たという伝承継承者、あの村はこの県の辺境で私もその地名を知らなかった。そのような村で、困窮している人間たちは極東語を勉強する環境もなく理不尽の中で誰にも知られず生きている。シェオタル語の言語政策と文化政策を訴えることは自分たちが犯した誤りを洗い流してくれるはずだ。


 棚に置かれている写真を撫でる。女性の顔が映された写真は端が焼けて一部が黒く焦げていた。私はその写真を細い目で眺めた。本当にそれで良いのかと疑問が自分の中に浮かんだ。


 私の妻は大戦争で死んだ。いきなり現れた瀬小樽の土地に対して戦時国際法は適用されなかった。宣戦布告などあるわけがなかった。シェオタル人をひたすら殺戮するだけの無意味な戦争だ。里帰りで県境付近にいた私の妻は逃げ遅れた。瀬小樽人が鹵獲した自動拳銃で頭を撃ち抜かれて、無残に死んだ。当時首都市の市議だった私は多忙のため里帰りする妻と共に帰れなかった。彼女の死を知ったのは大戦争の終戦と同時だった。


 瀬小樽人を恨んでいないというわけではない。だが、恨んでどうしようというのか。戦争を繰り返さないために知略を駆使して知事になった。今になって、シェオタルの文化と言語を復活させてどうしようというのだろう。抑えつけたままのほうが分離する意志を持たずに争いもなくなる。シェオタル人自身が極東人を目指している。今の平和のために彼らを見捨てるべきではないのか。


「ん?」


 深く考えを巡らせていると、何者かが家のインターホンを鳴らした。こんな中途半端な時間に誰が来るのかと額を擦って記憶を探る。ピザも寿司も頼んではいない。ネットショッピングサービスなんかはいつもは使ってない。とすると、部下に頼んだ追加の議会資料かもしれない。

 急いで、ドア元に近づく。部下もバカである。こんな時間に機密資料を外に持ち出すのは不適切だ。

 ドアを開けるとそこには見知らぬ人間が立っていた。フードを被って顔は良く見えない。体つきも中性的で、性別すら良く分からない。私が怪訝な顔で見ていても中々用件を言い出さなかった。


「こんばんは」

「こ、こんばんは」


 ペースを崩される。一体何ものだというのか。部下でもこんな怪しい人間は居ない。中性的な訪問者はゆっくりと手持ちのバッグに手を伸ばす。そこから物を取り出す瞬間、それをしっかりと目に認識した。黒光りする銃身、その銃口が自分に向けられる。


「クソッ、バレたか!」


 引き金が引かれる瞬間、その腕を左腕で弾く。左耳を銃弾が掠んで、ひどい耳鳴りが響いた。訪問者の舌打ちが響く。弾いた手で銃を持つ方の手を掴み寄せるが、訪問者はもう片方の腕で私の首を掴んで部屋の中に押し倒した。衝撃で左手が緩み、銃を持つ手が自由になる。発砲を許してはならないと、手元にあった金属製の靴べらを掴みその手を打つ。銃は遠くに飛ばされた。


Искаイスカ лутルット кёктор'дキョクトード лартаラータ......」


 パーカーは翻っていた。銀の髪と蒼の目、顔立ちも中性的でパーカーから解き放たれた髪が中空になびく。蒼い目は怠そうにこちらを見つめていた。美しい瀬小樽人の容貌であった。

 瞬時に伸びた手は靴べらを掴む手を拘束し、もう片方の手で腰からナイフを取り出す。逃げようがなかった。脇腹に激痛が走る。何かを掴むことも、動くこともままならないほどの激痛。そこにはナイフが突きつけられていた。瀬小樽人の殺し屋はそんな私を見ながら、悠々と部屋に飛んだ銃を取り上げた。銃をこちらに向ける。


「はぁっ、はぁっ……誰に雇われた……国防省か、外務省か、公安か?」


 激痛のせいで息が上手く出来ない。頭が真っ白になる。だがそれを問わなければならなかった。しかし、殺し屋は冷酷な表情でその問に答えなかった。


Фавファヴ мэлсメルス нивニヴ фалファル со.」


 最後に聞こえたのは意味の分らない外国語だった。引き金が引かれ、発砲音が何度も聞こえた。胸に幾つも火箸が差し込まれたかのような感触が走ったとともに意識が消滅した。

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