#5 Эно нюрнэнало 《安地への移動》


 結局の所、俺は早退することになった。クリャラフの許可を得て、帰ることにはなったが相変わらずあの先生は自由奔放で、目の前で欠席日数の改竄を行おうとしていた。隠しもせずに。ここまで来ると学校が彼女を追い出せないのは、何か学校の弱みを握っているからではないかとも思えてくる。


 頬を撫でる強い風に、枯れ葉が舞って校庭の方へと流されてゆく。いつもなら放課後に生徒で溢れている校門前もこんな早い時間では誰の姿もなかった。ただ、自分だけが校門の周りに居る。


「なんでお前がついてきているんだよ」


 俺が松葉杖で拙く歩きながら校門から出る中、横には三良坂がついてきていた。何処から持ってきたのか、ピンク色のガーリーなプリントがされた小さいキャリーバッグを引いて何食わぬ顔でついてきている。


「今日は泊めてもらおうって話だったね!」

「ね! じゃねえよ、俺がいつそんな事言ったんだ」

「パパが泊まれるものなら泊まってきて、仲良くなってきなさいって」

「はあ、そう。泊めないけど」

「まさか、ボクを路頭に迷わせる気!?」

「ねえよ、家に帰ればいいじゃねえか」


 三良坂はぐぬぬと唸っていた。アホ毛が苛つきを表すように左右に振れながら、跳ねている。強い風がまた吹いて彼女のツインテールを揺らした。突き飛ばすような言葉を言っても、彼女はなおも自分の後をついてきていた。


「授業はどうした?クラスメイトとの顔合わせは?」

「明日からだよ、今日はクリャラフ先生に学校を案内してもらう予定だったんだ」


 あのロリババア、面倒だからって俺に案内を押し付けたわけか。


「母親は泊まるのには反対だと思うぞ、こんな何処の馬の骨とも知らないシェオタル人となんか」

「えっ……?」


 肩をすくめて目をつむりながらいうと三良坂は驚いて眉を上げた。彼女が極東人なら両親も極東人、その世代であれば丁度大戦争、極東人とシェオタル人の殺し合いを目の当たりにしてきた世代だ。基本的に俺らの一つ上の世代はシェオタル人のことを下等国民として見ている。何のために転校してきたのかは良くわからないが、極東人であればシェオタル人との接触は避けるよう言われているはずだ。

 三良坂は少し落ち込んだ様子で静かになってしまった。どうやら図星だったようだ。しばらく無言で歩いてから、俺の顔をじっと見た。


「ママはきっと賛成してくれるはずだよ」

「なんだそれ、適当だな」


 彼女は静かに小さく笑った。限りなく無色に近い下校の時間にそこだけ色がついたかのような感覚を覚えた。

 多分父親すら彼女に泊まっていいなんてことは言っていないのかもしれない。もし極東人の彼女が自身でシェオタル人の家に泊まろうと考えたのであればそれは奇妙なことだった。


「瀬小樽に興味があるって言っていたが、何に興味があるんだ?この県には何もないぞ」


 寂しげな彼女の顔を見ると何か申し訳ない気持ちになってきて、間をつなぐために問いかけてしまう。彼女が家までついてくるのを止めるべきなのに、タイミングが掴めなかった。

 この瀬小樽は極東の資本と行政の導入で急速に発展した。だが、それにしても何か有名な場所があるわけでもなく、国の中で影の薄い県の一つとなってしまっている。興味があるとしてどうしてそんなところへ来たのだろう。


「瀬小樽に元々あった文化、それに興味があるんだ」

「……物好きだな」

「それほどでも~?」

「褒めてないから」


 言葉にも表情にも出さないが、俺にとっては驚きだった。会ったことのある極東人は総じてシェオタル人文化に興味のない人間ばかりだった。だからこそ、シェオタル語、王国の伝承、姉が研究してきたものは全てないがしろにされた。三良坂に対して興味が湧いてきたが、それでもまだ彼女が極東人であるということは変わらない。彼女が普通の極東人なのかを俺は見極めたくなってきた。


「家に泊まってもいいぞ」

「え、本当に?」

「一泊二日だ、次は無いから」

「やったー!」


 高校生らしくもなく三良坂はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。笑顔がキラキラしていた。家に招いたのは彼女が同学年でこれからも顔を合わせることがあるのだとしたら、もしかしたら自分の考えを理解してくれる最初の極東人になるかもしれないからだった。

 駅までは数十分掛かる。それ以降、俺は特に話すこともなくいつもと変わらぬ道の様子を目に止めながら歩いていた。今までも常にそうだった。違うのは隣に無言に耐えられなさそうな女子がいることだった。彼女は色々と話したい様子だった。


「ねえ、なんでキミはシェオタル語を勉強しているの?」


 三良坂は俺の単語帳をめくりながら問いかけてきていた。松葉杖で歩いているために、単語帳を取り返すこともままならない状態だった。


「ある人と約束したんだ。シェオタル語を守るって」

「ある人って?」


 彼女はただ単に興味を持って聞いてきたのであろうが、俺はその質問に言葉を返すことが出来なかった。姉の影を追い続けているなんて人には言えない。そんな俺の気持ちを察してくれたのか、彼女もそれ以上訊くことは無かった。

 道を進んでいくうちに最寄り駅に到着、三良坂に助けられながらも無事家までの道を帰ることが出来た。

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