第54話 翠玉と黒曜 ⑥
おれは屋根の上で一人、戦況を眺めていた。相変わらず攻防は続いていたが、カレンシアは虎視眈々と、フィリスの足を止めるタイミングを狙っていた。
魔力の流れや機微を見ることのできるフィリスに悟られないよう、少しずつ〝点火〟の威力を上げていき、広範囲魔術の使用に足る魔力の消費が、不自然に取られないよう引き上げていく。こうすれば、〝点火〟を避けようと油断したところに、いきなり〝華炎〟のような広範囲の魔術をぶつけることも可能だというわけだ。
そしてその準備が整っていくにつれ、おれは屋根からテラス伝いに、カノキスらギルド関係者のいる場所まで下りていった。
「そろそろでかいのが来るぞ、踏ん張れよ」
おれはテラス席のベンチに尻をねじ込むと、障壁を張るカノキスと、その隣で補助を行っている数人の魔術師を鼓舞した。
「何をしに来たのです?」
カノキスが障壁に集中させながら、苛立ったような声を上げる。
「微力ながら、協力させてもらおうと思ってさ、ほら、おれも一応、魔術を使えるし」
「その必要はありません。今すぐ私たちの障壁から出て行ってもらいましょうか」
「冷たいこと言うなよ。おれとお前の仲だろ?」
カノキスはこれ以上おれと話しても無駄だと言うように、首を横に振ると仲間の魔術師たちと障壁の維持管理に意識を戻した。代わりにおれの話し相手になってくれたのはギルドから招かれた客人たちだった。裕福そうな見た目の男が数人、おれがベンチに割り込んだことで端に詰めなければいけない結果になったが、嫌そうな素振りは一切見せなかった。少なくとも、感情をおいそれと表にはしない身分の人間たちだった。
「もしかして、貴方がエミリウス・ロドリック殿ですか?」
「いかにも」
最初に話しかけてきたのは、すらっとした背丈に帝国風の正装を纏った男だった。片方の肩から垂れたマントの両端には、紫色のラインが入っている。皇帝の忠実なる協力者である元老院議員のみが着用を許されているマントだ。だが相手の身分の高さに今更尻込むおれではない。差し出された手に堂々と握手を交わしながら、相手の名を尋ねた。
「失礼、私は――」
しかし、彼の言葉を遮るように、広場が閃光に包まれた。とうとう仕掛けたのだ。おれは立ち上がり、障壁ギリギリまで近づき目を凝らした。
「危ないですよ!」
カノキスが声を張り上げる。赤い閃光の後、土埃が舞い、障壁全体がエーテル圧で歪んだ。
カレンシアの〝華炎〟は、練習の時とは比べものにならないほどの威力だった。
おそらく〝点火〟から派生させたのではなく、直接使用したのだろう。あまりの衝撃に観客席では喊声すら上がらなかった。もちろん悲鳴もだ。怖いくらい静まり返った広場の中、土埃が収まってゆくにつれ、次第に勝負の全景が明らかになっていく。
――なんてこった。
おれの瞳が映したのは、その場に膝をつくカレンシアと、その数メートル奥、切っ先を石畳の隙間に突き立てる、フィリスの姿だった。
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