第23話 偉い人に会うにはそれなりに心の準備が必要なのに

 ふかふか座席で高級馬車を堪能する間もなく、あっという間に目的地に到着した。


 正味15分程度? 馬車とは言ってものんびりゆっくり進んでいたので、徒歩でもそれほど変わらなかったかもしれない。


 街中で、一応石畳を敷き詰めた広い道ではあるものの、わりと平気で堂々と中央を人々が歩いており、馬車が来たらのんびり避ける、という感じなので、スピードが出せないのだ。


 おまけに、教会は高台にあって、ずっと登り坂だし。


 でもまあ、こんな高級な衣装の、しかも長い裾をたくしあげて、坂道をてくてく歩くのは勘弁、という気持ちもあったので、結果オーライ。


「お待ちしておりました。『銀笛のカーマ』さま。レーミ=ナロンさま」


 馬車の扉が外から開き、御者が差し伸べた手を支えにして、先にカーマが馬車を降りる。本来は後輩のレミが先に降りるべきなのだが、今日はレミの御披露目の挨拶を兼ねているので、後に降りるように言われていた。


 カーマに続いてレミも馬車を降りると、そこには目を伏せ両手を胸の前で組む挨拶、つまり敬礼をした男性二人が立っており、口上を述べた。


 神官らしく男性物としては裾の長めのローブだが、絞った袖や、あまりヒダや膨らみのないデザインは、「白影の青葉亭」の給仕たちに通じる動きやすさを重視した印象を受ける。

 淡い色合いの単色のローブだが、それぞれ色が違う。


 そもそも退魔師とは言え『喪神人』のレミたちに敬礼をするのだから、神官の中でも位が低い者だと推察された。

 カーマから教会の幹部クラスの神官は、こちらから挨拶をするように念を押されていた。


 幹部だなんてどう見分ければいいのか、とカーマに訊いたら「あちらから挨拶してこないのは、みんな幹部よ」とあっさり言われた。

 なるほど、これなら分かりやすい。


 規定通りの挨拶を受けて、こちらも挨拶を返し、教会内に誘導してもらう。


 通路ですれ違う時も、ほぼ全員立ち止まり、敬礼をとって見送るので、いくらか気まずさも覚えながら、表面は穏やかな微笑を浮かべて歩いていく。


(平常心! 姿勢良く! 落ち着いて!)

『大丈夫、見た目はご令嬢然としているよ。その調子』

(今は話しかけないで! 集中が途切れる!)


 茶々を入れてくるローを制しながら、何とか静静と歩き、奥まった部屋に案内される。


 重厚な扉に、門番のように入り口に立つ男性二人を見て、レミは少し不安に駆られる。


(え? この人達って、神官? 帯剣しているし、どう見ても騎士って雰囲気だけど。教会の長って、そこまでVIPなの?)


 ローブではなく、サーコートような膝丈までの上衣に、金属製の胸甲、手甲。その上にマントを羽織っているから見えないが、角張ったシルエットから肩当てもしているだろう。

 上衣の裾からは同じように金属製の膝当てと脛当てが見える。


『びっぷ……って、ああ、警護が必要な人間かってこと? うーん、こんなに厳重なことって、ないと思うけど。長とはいえ、街の教会なら、全体から見たら中堅だし。それに基本的に神官は武装しないから。たとえ末端でも神官に危害を加えたら、理由如何に問わず極刑だからね』


 司法が発達しても、教会の権力は変わらないらしい。


 それはともかく、だとしたら、この騎士らしき二人はなんなのだろう?

 この時間にレミ達が表敬訪問することは伝えられている。だから、待合室に通されることもなく、ストレートで案内されているわけで。


「どうぞお入り下さい」


 案内の神官がベルを鳴らすと、扉が開き、中から同じような服装の神官が、やはり敬礼してから中に誘導してくれた。


 部屋の奥には、扉と同じように重厚な佇まいの祭壇があり、中央の椅子にいかにも年老いた、長老的な男性が座り、その左右二人ずつ、四人の男性が直立していた。

 今までの神官とは明らかに違う、ゆったりしたドレープの裾は足元も見えない長さで、袖もたっぷりしている。

 白地にそれぞれ違う色の縁取りをしたローブを身に着けていて、その色から五元素の精霊の貴色を示しているのだろうと知れた。

 唯一神ラ・コールは太陽と共に生まれたため、火の精霊はラコールの分身とされる。

 中央のご老体のローブは、はっきりした色合いの赤で縁取られていた。赤はラ・コールの、そして火の精霊の貴色だ。

 やはり、この人が長で間違いない。


(で、黄色が男月の黄月かつ土の精霊の貴色で、青が女月の青月かつ水の精霊の貴色、だっけ。この二人が、副長かな? その両端に立っているのが、風の精霊の緑と木の精霊の茶……うーん、やっぱり『木』属性って、こういう場面でも低く見られるのかな)

『低いって言うか、一番最後に生まれた精霊だからね。火が生まれ、大地と海が出来て、風が生じて、全ての恵みを受けて木が生まれたんだし』

(見てきたように言わないでよ)

 

 脳内でローと軽口を叩きつつも、レミは作法通り、しとやかに挨拶をする。

 女性の敬礼は、いわゆるカーテシーのように片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばす。頭は下げないが、目は軽く伏せる。

 長い裾のスカートの時は両手でつまむが、短い裾の時は片手だけ裾をつまむ仕草をして、片手は胸の前に当てる。

 王族や上級貴族でなければ、退魔師は最敬礼はしないように教わっている。教会の長であっても、挨拶は敬礼までだ。

 ブルフェンの起源が「とある大国の王族」という逸話に基づくものらしいが。

(つまるところ、『そこまでへりくだってやらないよ!』って無言の抵抗というか、意思表示?)

『それは絶対、外では言わない方がいいよ』


 暗に「是」と示しながら、ローが注意を促す。


『集中したいから話すなって言っておいて、よそ事ばっかり考えいると失敗するよ』

(だって、緊張するんだもん)


 そうでなくとも、想定外の警護に驚いて、ややパニックになっているのだ。

 それに脳内で復習しているだけで、『よそ事』だけではないし。


「本日はようこそいらっしゃいました。『銀笛のカーマ』。そして、新たな退魔師、レーミ=ナロン。唯一神ラ・コールの守護なくも、この世界の安寧のために勤めるという殊勝な心掛けにより、あなたは今世では神に仕える我らの同士です。願わくば、喪われた来世に見合う、今世の幸福を賜らんことを」


 長でなく、青縁のローブの神官が挨拶を述べる。中央の長は、同意するように鷹揚にうなづくだけだった。

 口調は丁寧だけど、そこはかとなく上から目線な言葉に、レミは笑顔の下で、少しムカッとする。


(……まあ、そういう挨拶されるって聞いていたけど、結構失礼なこと言っているよね? 別に護ってくれない神様のために働くわけじゃないんだけど。あくまでも仕事だからね)

『まあまあ。これで聖職者として認められたんだから。富と名誉と特権使って、楽しく生きようよ』

(あんたが言うな! 来世がないのはあんたのせいでしょ!)

『こっちも死活問題なんだから、そこは大目に見てよ』

 適応する魂に寄生しなければ霊格を保てない妖霊にとっては確かに死活問題かもしれないが。


(まあ、いいか。転生したって、次は記憶があるか分かんないんだし、覚えてなくちゃ、おんなじか)


 中途半端に終えたシロイシ・リズの分も、退魔師レーミ=ナロンとして、そこそこ充実した人生が(しかも寿命も若者世代も長い)送れたらよしとしよう。


 ある意味、若く長く、そこそこ贅沢して生きられるなんて、いいとこどりだし。


 心の中で親指立ててキメポーズしながら、これまで考えてきた人生設計を、反芻する。


(まずは、少し強い呪具が用意できるように、お金貯めなきゃね。採集も必要か。すぐに依頼がないなら、カーマさんに教えてもらって、いい素材探しに行こうっと)


 そう言えば、今回は依頼はないのかな?


 そんなレミの心の声に答えるかのように「実は早速依頼がございまして」と、青縁の神官が告げた。


 そして、部屋の右奥にあった衝立に目を向ける。

 それを合図に、下位の緑縁と茶縁の神官が、衝立を引き戸のようにずらす。

 そのままその位置で膝をつき、最敬礼を取る。


 祭壇にいた上位の神官も、座っていた長も、祭壇から降りて、膝をつき、同じく最敬礼を取る。


(退魔師は、神官には最敬礼をしない……けど、敬礼はする……その神官が、最敬礼をする、相手?)


 考えるより先に、反射的にレミは膝をつく。

 両手を胸の前で組み、目を伏せる。

 カーマさんも、ほぼ同時に同じ仕草をした気配が伝わる。


「ご尊顔拝謁を賜り、感謝申し上げます。カロナーのカーマ・ブルフェンにございます。こちらは新たな退魔師のレーミ=ナロン・ブルフェンでございます。ご挨拶させていただきますれば、幸いでございます」

 すらすらと、けれど微かに震えた声でカーマさんが挨拶の許しを申し出る。


(姓を名乗るのは、呼び掛けられるのは、洗礼の儀式か……王族の謁見、のみ……)


「顔を上げよ。……久しいな、銀笛のカーマ。相変わらず美しい。そちらの娘も、顔を見せておくれ」


 まだ若い、張りのあるテノール。艶やかなその声は、けれど威厳に満ちて。


「レーミ=ナロン・ブルフェン、お許しが出ました。ご挨拶なさいませ。ギルフェルト=フォン=ミノース・ガストリン殿下であらせられます」


(この世界の姓は、地名が多い……そして、国名を姓や尊称、称号に冠するのは、正統な王家、もしくは皇家の直系のみ……)


 カーマさんの促しで、レミは、ゆっくり顔を上げた。


 緩やかなウェーブを描く柔らかそうな黒にみまごう濃い褐色の髪に、切れ長の淡い若葉色の瞳。

 

 白磁の肌よりわずかに桃色がかった肌に、ほんの少し赤みが増した形の良い唇の両端は軽く上がり、微笑みを湛えている。


(王子さま……だ)

 いや、正確には『皇子』なのかもしれないが。



 そういう実際の称号でなく。



 まさに物語から出てきたような、完璧な貴公子が、『王子さま』が、そこに、いた。



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美少女退魔師(見習い)に転生したら美形背後霊に憑かれていました〜イリル・ガード退魔譚 清見こうじ @nikoutako

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