第2話 妖霊憑きの島

 唯一大陸イリル・ガード。


 周囲を無数の島々に囲まれた、最大の大地。

 その西の外れ、コカル半島先端からすぐ沖合いに、カロナーと呼ばれる島がある。

 取り立てて大きな島ではない。

 大小合わせて38あるコカル領海の島の中では、むしろ小さな島に分類される。

 カロナー島自治区。

 ほとんどの島々が、隣接する大国の領土であるか、共同自治体として連合となっている中で、単独自治権を持つ数少ない島である。この島に住まうのは、島長であるネオ・ブルフェンと、その一族のみである。

 一族、と言っても、代々のブルフェンの長、またブルフェンの民に血縁関係は希薄である。

 ある要件を満たせば、その者はブルフェンの民として迎え入れられる。

 その民の中で長となった者に、ネオ・ブルフェンの名が継承される。

 要件は唯ひとつ。

 妖霊憑きであること。


 妖霊、とは。


 イリル・ガードには四霊が存在すると伝えられている。

 すなわち。

 

 神霊。

 イリル・ガードを創造した唯一神ラ・コールの下僕たる、神の御使い。

 その姿は、この世に生を受けた瞬間に不可視となり、死を迎え黄泉路についた時、再び目にすることができると言われる。


 精霊。

 イリル・ガードに存在する全てのものに宿るとされる魂の総称。

 その属性は神霊に限りなく近いものから、邪なものまである。

 人間も、その意識の奥に精霊を宿しているが、年を重ね、自我が芽生えると、より深い部分に封じ込められることとなる。

 そのため、自我が芽生える前の幼い子供、修行や生来の才能により感知能力の高い者、自我のない動物にはその気配を伝えると言われるが、基本的には不可視の存在である。

 肉体の死に際して解放され、神霊に導かれて次代の生を待つことになるが、自我の無い状態では肉体から抜け出ることもあると言われる。


 心霊。

 生き物、特に人間や獣の、肉体を失った魂=精霊が人界に現れたもの。

 時に神霊に転じる、魂位の高い心霊も存在するが、多くは黄泉路から迷いでた精霊の末路の姿であり、亡霊、幽霊と呼ばれることもある。

 人の目に映ることもあるが、消滅しやすい不完全な存在である。


 そして。

 

 妖霊。

 神霊と匹敵する高い能力と命数を持ちながら、その姿を容易に可視させることができる。

 ただし、常に他の魂……多くは人間……に宿る必要がある。

 妖霊を宿すことのできる魂は数少なく、またその魂位により行使できる力や命数の削りかたが左右される。

 より力の強い妖霊が宿るには、器となるべき魂もまたより高い魂位が必要であり、つりあう魂がなければいずれ妖霊は消滅してしまう。

 数少ない宿り木を失わないよう、妖霊は宿主をあらゆる外敵から守るため、妖霊が宿った人間は総じて長命である。

 ただし、妖霊が宿ることにより、本来そこにあるべき精霊は消滅するため、妖霊憑きとなった人間は転生が叶わなくなる。

 そのため妖霊憑きは「神の守護を喪った者」、「喪神人ブルフェン」と呼ばれる。

 教会の戸籍に載ることは許されず、妖霊憑きと判明した時点で除籍されてしまう。

 教会に籍がないのは、重大な罪を犯した罪人と、妖霊憑き、のみ。

 それゆえに。

 罪人には獄舎か死が与えられるように、妖霊憑きは唯一の居住地、カロナーに住まうことになる。

 それは、権利ではなく、義務。

 その強大な能力と長命ゆえに。

 カロナー島という名の、監獄。

 封じ込めるために。

 そう、最初は。 

 ……時を経て、イリル・ガードに、五番目の霊が現れる。

 

 魔霊。

 それが何処から来たのか、いつ生まれたのか。

 心霊の起こしたと言われていた、決して小さくない騒動が、いつしか魔霊と呼ばれる存在によるものだと知れ渡り、同時にそれは教会では対処不可能であることも知れ渡る。

 ある大国の王族が魔霊に憑かれ命を失いかけた時に、魔霊を祓い命を救ったのが、カロナー島に送られる寸前のその国の元王子であった、と伝えられている。

 その者はやがて監獄同然だったカロナー島を自治区に変える。

 その名を、ネオという。

 初代のブルフェンの長、ネオ・ブルフェン1世その人である。

 「喪神人ブルフェン」の蔑称をあえてそのまま名乗ったのは、その呼び名をいつしか尊称に代えようという意図があったのか……、今はもう知る者はいない。

 確かなのは、代々のネオ・ブルフェンの中でも最長の齢235を数え、その長い人生の終焉までに、カロナー島と妖霊憑きの地位を目覚ましく向上させ、大陸の安寧をもたらした功労により、妖霊憑きで唯一一級聖人に認定され、他のブルフェンの人々の生活を変えた、ということである。


 しかし。

 魔霊は消え去ることはなく、妖霊憑きは新たに「退魔師」という呼び名を得て、カロナー島に籍を置きながらも、大陸中に散らばって行った。

 魔霊が有史に現れてから、1000年の時が過ぎ。

 魔霊がらみの騒動は、徐々に下火になっていった。

 同時に。

 妖霊憑きは、その数を、徐々に減らしていた。

 さらに、2名のネオ・ブルフェンの代替わりを経て。

 今、カロナー島に住まうのは、現在の長であるネオ・ブルフェン9世と、実務を退いた長老達、その世話をする退魔には向かない低級の妖霊憑きが主である。

 そして、退魔師見習いの子供達……今は、わずかに1人。


 その事実が、世界の安寧を示すのか、あるいは。



 ……今はまだ、わからない。



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