達人の油断

カニ太郎

第1話油断

私は30年ぶりに京の町を歩いていた。

早朝の京都は音もなく、シーンと静まり返っていた。


丁度五条大橋にさしかかったときである、先方から一人の異様な姿の男がこちらに向かって歩いて来た。深く被った麦わら帽子が黄金色に浮き上がって見えた。

その男は自分とあまり変わらない年齢70歳のように見えた。

小柄な男だった。

肩幅が私より若干広く体重差で10キロほど重いだろう。

格闘家か………私は直感的にそう思った。


私は長いこと海外でボディーガードをしていた。

大部分の仕事が中東で、オイルマネーが私の依頼料を吊り上げていった。

私のクライアントはほとんどがアラブ人で、その依頼料は原油高騰とあいまり

私には数千万ドルの蓄えができた。

そして私は、30年ぶりに日本に戻ってきたのだ。


相手の歩く速度が急に速くなった。

私に気づいたのだ。

私は驚いた。

私は気配を消して歩いたのだ

しかし、明らかに相手は私の殺気を感じて速度を上げた、そう相手は私の血の臭いに気づいたのだ。

「できる…」私は瞬時にそう思った。

そして私は歩道から車道に出た。

それが身を守る最良の手段であることを勘が知らせてくれた。

しかし、相手も車道に出た。


私の甘い考えは木っ端微塵に吹っ飛んだ。

「死闘になる…」私は本能的にそう感じた。


私はこれまで多くの海外要人をガードしてきた

その中にはマフィアもいれば世界的な政治家もいた

必然的に私は数々の死闘を制し、その結果多くの敵をつくった

人の恨みも買っていたわけだ。

しかし、私も70を越え、急に故郷が恋しくなった、足を洗うことにし、生まれ故郷の京都に帰ってきたのだ。


私は足を更に緩めた。

雨が強くなってきた。

私はゆっくり歩き、注意深くその男を観察した。

わずかに覗くその眼光からは鋭い輝きが放たれていた。

私は彼が武器を携帯していないかどうか確かめた。

私ぐらいになると、歩く姿勢で拳銃を持ってるかどうかがすぐわかるのだ。

どうやら武器は携帯してないようだ。

素手専門の殺し屋だろう。

プロフェッショナルだ、日本のような治安のいい国で武器を使うのは素人だ。

そして、それは私も同じだった。

恐らく私が裏社会に入ってなかったらオリンピックで金メダルを5~6個は取れていただろう。

それほど私は武道に長けていた。

相手も私が武器を持っていないのに気付いたようだった。

私ぐらいになると、相手の視線の動きで相手が何を考えているかわかるものだ。

お互い武道の達人だということがわかった。

私たちの間の距離は徐々につまった。

もうはっきり相手の服のシワまでわかる、私は相手の服の上から筋肉のつきかたを判断した。

恐らく柔術系……拳の形から打撃もできそうだ、つまりオールマイティーだった。

私と同じってことか、私はかつてある有名武道家を数十秒でのしたことがあったが、今、目の前にいる相手はそれよりは遥かに上回る殺気を放っていた。

そこは戦場だった。


かつて武道の達人は、戦闘中、鉄砲の玉が闇に光って飛んでくるのが見え、それを避けて走ったという。

私も経験あるが、達人になると、それくらいの事ができるようになるものだ。

私達はやがて刃物が届く距離に近づいた。

かつて先人の武道の達人は言った。

「剣は降り下ろされるよりも早くその閃光を感じると」

私にも経験があるが、どんな剣でも、私は素手でかわせたものだ。


しかしどうやら恐らく相手も同じように考えているらしい。


どうやらこの勝負、どちらが先に仕掛けるかによって決まる気配がしてきた。


かつて先人の武道の達人は、相手に小指を握らせただけで簡単に相手をねじ伏せる気とが出来たという。

そう、私はその領域に達していた。

相手が少しでも触れてくればそこで勝負ありだ。

私はゆっくり相手に近づいた。

しかし、相手も同じように近付いてくる、なんと、恐らく相手も私と同レベルに達しているのだろう。


なんと言うことだ、私は汗をかいてるのを感じた。

こうなったらすれ違いざまに、空気投げを打つしかない。

そう、常人には無理だが、武道の達人は、相手に触らずに投げ飛ばすことができるのだ。

先人の武道の達人でも、力の差がよっぽど大きくないと決まらない技だが、

私は先人の武道の達人よりも格段上のレベルにあった。


私はゆっくり相手とすれ違い止まった。

気づいてしまったのだ、相手も同じことを狙っていることに。


京の五条の橋の上、二人の年老いた武人が並んで立っている。

動かなくなった二人の武人の間には、6月の雨音だけが鳴っていた。

私も相手も、気を集中するため目を瞑った。

気が……………流れた。


『ーーーーーーーーーーー』


一台の電気自動車が、

橋の真ん中で立っている二人の男を跳ねた。

ガソリン車と違い電気自動車はエンジン音が全くしないのだ。


実況見聞しながら京都府警の交通係が呟いた。

「老人は油断するんだな、電気自動車に」

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達人の油断 カニ太郎 @kanitaroufx

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