十戒のルペル
生玉遠間
序章
――王城。
宵口からの八重雨は雷を伴い、尚も降り続いている。
燭台の薄明かりが揺々と映し出す厳かな回廊は、夜半の闇に懐深きを浸し、ひっそりとした帳を降ろしていた。
背の高い影がひとつ、赤い絨毯に姿を晒す。静かに上下しながら揺れている様は、その主が歩いていることを物語っている。
影は男だ。
顔には深いシワが刻まれている。丁寧に梳かれた白い髭は寄る年波に痩けた頬を補うかのように、さわさわと風に揺れていた。
一見して貧相な男は、しかし顔に似合わぬ高価な装飾物、見目に煌びやかな衣服を纏い、頭には冠を乗せている。
彼はこの王城の主、セルリアック十三世その人である。
王は確かな歩で廊下を進み、辿り着いたのは謁見室であった。
手で押し開く。その瞬く間、光が閃いた。遅れて、轟音。
雷光で部屋の全貌が明らかになる。
「相変わらず君は、無茶苦茶なことをする……」
セルリアックが半ば呆れたように、叱咤の言葉を投げかけた。
「……あら。十年前に比べれば大したことはないでしょう?」
その言葉に応えたのは、謁見室の奥、王座に悠然と腰掛けた、一人の女性である。女はゆるやかに笑って見せた。
「護衛を控えさせるのもこれで面倒なのだ。こちらの苦労も察してくれ」
「それは普段、あなたがあんまり我が儘を言うからでしょう?」
それを聞き、男はやられた、と言う風に顔を微笑ませた。
セルリアックは女に近付く。その足取りに躊躇はない。
女の前にひざまずくと、彼女の手の甲に口付ける。
「お変わりないようで」
「あなたは老いたわね。セル」
セルリアックは膝を起こすと、さも心外そうに笑った。
「お言葉だな。これでも若くあるために努力しているつもりなのだ。もちろん、君の為に、ね」
伸ばした指を優雅に躱すと、女はセルリアックの耳元に口を近づけた。
「二十年遅かったわね」
「……参ったな」
セルリアックが眉と口を大袈裟に歪める。
そんな彼の姿に、女はふふ、と笑った。
「……で? 一体何の用なのだ? こんな年老いた王に」
「実はね、一つ、頼みごとがあるのだけれど……」
女はその妖艶な唇を開いた……。
さて……皆のもの、暫し静粛に願う。
今より語りしは、後世に『十戒』の二つ名で呼ばれることとなる一人の少年の物語。
今はまだ力ない見習い魔術使の身である彼は、数多の試練を乗り越え才能を開花させた!
……と口伝には広がっているが、実はそれ、正確ではない。 何より吾輩という存在がぞんざいである。
だから、今ここに。
ルペルツィオ・アースラインの物語を綴ろうと思う。
さあ、皆をしばしの微睡みへと誘おう……。
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