未完の原稿

香枝ゆき

第1話 溶ける時間

「私が続きを書かなければ、あなたは生きてくれますか」

 とうにそらんじることができる文面を、私は性懲りもなく開いていた。

 メールに返信をしようとしてやめる。まだ宛先は有効だけれども、送ったところで読む人間はいない。

 意味がないのだ。

 だらだらとスマートフォンをいじっていると、SNSではついさきほど起きた交通事故の話題で盛り上がっている。不審車両と警察がカーチェイスをした結果、それぞれの車が歩道に突っ込み死傷者が続出したのだ。

 きっと近隣の病院関係者と警察の幹部は、マッハで修羅場だろう。

 どちらの身分でもない私にとっては、どうでもいいことだ。


「私が続きを書かなければ、あなたは生きてくれますか?」


 この文面のメールが届いたとき、私はすぐに内容を確認した。特に急ぎの用事がなかったのでメールのチェックに十分な時間をとれた。ただ、私は返信をしなかった。

 増えていく下書き。たまる未送信。

 私はまだこの返事を書くことができないでいる。

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