【エタり企画用】概チューバー小澤はぐみのケツバットちゃんねる
左安倍虎
ケツバットされたいだけのやつは宇宙の彼方へ消えてしまえ
「小説、それは君が見た光、ボクが見た希望。でも作家のみなさんはプロアマ問わず、日々よい作品を生み出そうと頭を悩ませているものです。そんな悩みをちょっとでも軽くするために、このボクこと山本のりが、概念空間にみなさんをご招待!今日も素敵な概念少女の方たちが、創作のお悩みに答えてくれますよ~」
灰色のブロックが敷きつめられた殺風景な空間のまん中で、犬耳をぴんと立てた少女が滑舌良くしゃべりはじめる。和服に巻いた派手な帯のうしろで左右に揺れる尻尾になんともいえない愛嬌があるが、これは彼女の真の姿ではなく、この概念空間で表現された彼女の姿だ。
わたしたち概念少女は魔法少女の一派で、この仮想空間の中でのみ自在にその姿を変えられる。今はMyTubeにアップする動画の撮影中なので、司会の山本のりは視聴者が好きそうなケモ耳少女の姿になっているのだ。しかし山本のりというとどうも味付け海苔みたいな響きなので、今後は彼女をのりピーと呼ぶことにする。
「では今日は特別ゲストとして、『恋するフォーチュンワンド』で有名な鬼道院秋葉先生をお呼びしています。それでは先生、どうぞ~!」
ぼふん、という音とともにのりピーの隣に白い煙が立ち、中から黒装束をまとったすらりとした女性があらわれた。彼女は胸の前で印を結び、静かに目を閉じている。ボブカットの黒髪が、薄れゆく煙のなかでかすかに揺れた。
「皆さんはじめまして、鬼道院秋葉と申します。本日はできるだけ皆さんの悩みに寄り添えるよう、努力してまいります」
秋葉センセは忍者刀を背負ったものものしい出で立ちのわりに、物静かな話し方をする人だ。今回の動画では元気いっぱいののりピーに対して理知的なアドバイザー、という役を割り振られている。まず適切な配役というべきだろう。
「そして!いよいよこの方の登場です!概念棒で気合注入!しおれた青菜に塩対応!憂うつな明日にケツバット!我らが進捗神、小澤はぐみさんですっ!」
Queenの"We Will Rock You"のBGMに乗りながら、わたしは奈落から姿を現す。
いつのまに奈落ができたんだ、なんて訊いてはいけない。魔法少女は概念空間の中ではなんだって自由に表現することができるのだ。
「同志諸君、進捗せよ」
わたしはバットをカメラに突きつけながら言う。小説の悩みは数あれど、結局、書かなければ誰も前に進めはしない。進捗こそ正義。悩める者の尻を叩きやる気にさせること、それこそがわたしの番組『小澤はぐみのケツバットちゃんねる』の最大の目的だ。
「はいっ、というわけで今日も小澤はぐみのケツバットちゃんねる、はじまりました!小澤さん、今日もたくさんのお便りが届いていますよ~」
「そんなに来ているのか。それならわたしも答えがいがあるな」
のりピーが目の前に置かれた段ボール箱を指さす。中には封筒が山と積まれているけれど、これはMyTubeのケツバットちゃんねるに送られてきたメッセージをこう表現しているだけだ。わたしの番組の視聴者には平成初期には若者だった人(婉曲てき表現)も少なくないので、あえてこういう古風な表現を用いることもある。
「さて、それではさっそく最初のお便りを読んでいきますね」
のりピーがそう言うと、手紙のそばに照れくさそうにうつむく若い男の映像が現れた。なぜか髪が7:3にきれいに分けられているが、のりピーの頭の中では、メッセージの送り主はこういうイメージらしい。
「えー、こちらは群馬県のハグミィのリボンさんからのお便りです。小澤さん、ケツバットちゃんねるの皆さんこんにちは。小澤さんはギリ10代という設定になっていますけど、もし10代が終わってしまっても魔法って使えるんでしょうか?そもそも小澤さんって本当に10代なんですか?魔法少女って一体何歳まで魔法少女でいられるんでしょうか。僕はそれを考えると不安で夜も眠れず、小説を書くどころではなくなってしまうんです。あ、でも個人的には小澤さんが何歳になっても、魔法は使えるんだと思っています。夢見る頃を過ぎても、夢の続きがあったんだって信じていたいから……」
「制裁」
こんな話は最後まで聞くだけ無駄だ。わたしは両手を頭上にかざし、巨大なバットをなにもない空間に顕現させる。
「余計なこと考えてないではよ書け」
そう言い放つと、わたしは男の尻めがけてバットをフルスイングした。男は勢いよく概念空間の地平線まで飛んでいったが、尻を打たれる瞬間、そいつは恍惚とした表情をうかべていた気がした。
「質問にかこつけてわたしの個人情報を聞き出そうとしないように。それとポエムはもっとしかるべき場所に送れ」
「はい、というわけで本日最初のケツバットでしたっ!ハグミィのリボンさん、どことなく嬉しそうでしたね~。憧れの作家さんに思いっきりひっぱたかれたいという気もち、ボクにもわかるような気がします」
わたしはしょうもない質問には普通に塩対応、いや棒対応してるだけなのに、これをご褒美だと思う輩がいるから始末におえない。叩かれれば叩かれるほど喜ぶ輩にケツバットを食らわせるのは奴らの思う壺だけど、番組の趣旨上これをしないわけにもいかないのがやっかいなところだ。
「さて、ハグミィのリボンさんがお星様になったところで、今日二通目のお便りに行ってみたいと思います。えー、これは長野県の小諸師岡さんからのお便りですね」
今度はのりピーの目の前に、髪を整髪料でかっちりと固めたヤンキー風の青年が現れた。あの髪型、リーゼントっていうんだっけか。マンガの中でしか見たことない。
スタジャンのポケットに両手を突っ込みながらガムをふくらませるヤンキーを横目に、のりピーがお便りを読み上げる。
「小澤さんお疲れ様ッス、よろしくお願いしまッス!オレっちは地元の高校を出て大工をやってるんスけど、棟梁からはいつも漢気が足りねえって怒られてばっかりなんスよ。オレっちも小説には高倉健みたいな漢気あふれる主人公を出したいんスけど、自分がそうじゃないもんだからどうしても雰囲気が出ないんスよね。それに比べて、姐さんはダメなやつにはどんどんケツバット食らわすし、概念チューバーっていうより本物のナイスguyチューバーって感じっスよね。どうすれば姐さんみたいに漢気あふれる漢の中の漢に」
「さえずるな」
わたしはふたたびバットを手にし、思いきりヤンキーの頭上に振り下ろす。
ヤンキーは急に解像度の荒いドット絵になり、砕けて細かい立方体があたりに散乱した。さすがのりピー、スプラッタな映像にならないようにちゃんと気を使っている。
「質問のフリしてなにかうまいことを言おうとするその性根が全然ダメだ。しかも何もうまいこと言えてないし」
「ケツバットすらしてもらえませんでしたか、残念でしたね~、小諸師岡さん」
何事もなかったかのように言うのりピーの脇で、秋葉センセがおもむろに口を開く。
「漢気を身につけることも大事かもしれませんが、それよりも小諸さんはもう少し人を見る眼を養う必要がありそうですね。果たして小澤さんが漢の中の漢と言われて喜ぶような人かどうか。そういうことを見抜く洞察力というのも、小説を書く上では大切なものです」
さすがに秋葉センセは鋭い。そうなのだ。仮にも清らかなギリ10代魔法少女であるところのこのわたしが、漢の中の漢などと言われたいわけがない。わたしのケツバットは進捗をうながす愛の鞭であって、漢気をみせびらかすための武器ではないのだ。
「さて、それでは3人目のお便りに行ってみましょう!うん?これはお名前が書かれてないですね……とりあえず匿名希望さんってことで」
すこし困惑しながらも、のりピーが手紙を読みはじめる。
「鬼のようなる我が姉に
道ならぬ恋心を抱き
縦いままに貪り書をしたためれば
読みつがれるは人の業
陣の内でも巻を措く能わず」
「ええと……これは詩なんでしょうか?微妙に文章がおかしい気がするんですけど……あ、もしかしてこれって」
「山本さん、それはただの詩ではありません、早くその場を離れて!」
秋葉センセがいつになく切迫した様子で叫ぶと、のりピーがすばやく脇へ飛のいた。その場所にまばゆく光る六芒星が出現し、中からゆっくりと人影が立ちのぼってくる。
「こんなに簡単に鬼道縦読陣に引っかかるとは思いませんでしたよ、山本のりさん」
そこに立っていたのは、ぶ厚い眼鏡をかけ、三つ編みをセーラー服の肩に垂らした少女だった。彼女を見つめる秋葉センセの顔が、心なしか青ざめてみえた。
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